吾輩は猫である。
名前はアキラ。

塔矢アキラと進藤ヒカルの同居人…もとい、同居“猫”である。









『吾輩は猫である』

innocent world “Special Story”









吾輩が……いや、この喋り方はくどいので普通に戻そう。
私がこの家──つまり、塔矢アキラと進藤ヒカルの家にやってきたのは、今から2年程前の雨の日のこと。

ちなみに私は現在恐らく満2歳ほどである(と思う)。だからこの家に来た時は生まれたばかりの赤子だった。
何処で生まれたとか、母親や兄弟の存在だとかは知らない。気が付けば一人、冷たい路地に放り出されていた。
恐らく母親は私のことを忘れて、他の兄弟と何処かへ移動してしまったのだろう。
この場合私の母親が特別残酷な訳ではない。猫社会ではよくあることだ。言うなればただ一つ『運が悪い』。そんなところだろうか。

そんなこんなで生まれたばかりの私は、一人冷たい雨の降る路地裏に蹲っていた。
生まれてからまだ数日という小さな意識の中で、私は「寒いな」「もうすぐ死ぬのかな」などと思っていた。
冷たくて暗い何かが身体の底から這い上がってきて、私を侵食してゆく。

一度でいいから、母親の温かい毛皮の中で眠ってみたかった。そんなことを思いながら最後の力を振り絞ってニャアと鳴いた。
そうして意識が遠くなった時──ふと、優しい温もりが私を包んだ。
もしかして母親が迎えに来てくれたのだろうか、そう思って目を開くと、私を抱いている人間の顔が目に入った。

白い顔に薄い灰色の大きな目、金色の前髪。



「お前、一人なの?」





──それが私と進藤ヒカルの出会いだった。



++++++



自宅に運ばれ進藤ヒカルに手当を施された私は、すっかり元気になった。
進藤ヒカルが与えてくれた母親の乳のような猫の餌もすっかり食べて腹も満足になった。

その間、進藤ヒカルはずっとニコニコとした顔で私のことを見ていた。時折私の背を撫でたり頭を指で突いてきたりするので、鬱陶しくて手で払おうとすると、進藤ヒカルはますます喜んで私の頭を何度も突いた。
……まったく、命の恩人であるから大人しくはしているが、なんて失礼なヤツだ。
だが悲しいかな、猫の習性ともいえるのかチョッカイを出されると放っておくことが
出来ずについ手を出してしまう。我々猫がそのように人間を構ってやると、人間はたいそう喜ぶ(特に進藤ヒカルは?いうことに私は後々気付くことになる。
進藤ヒカルはそうして私と遊びながら、時折柔らかい手つきで私の頭を撫で、優しい目をして私を見つめて「お前、塔矢に似てるな」と言った。
塔矢というのはこの家のもう一人の家主、塔矢アキラのことなのだが、この時の私はまだ彼を知らないためにわからず首を傾げる。
そうすると進藤ヒカルはますます喜んでケラケラと笑った。


「毛が真っ黒で……ツヤツヤなところとか、そっくり」


成る程、塔矢とやらは全身に黒い毛が生えているのだな。


「目も大きくて、切れ長で……うん、似てる」


目も私と同じくらんらんと光っているのだな。成る程、どうやらソイツは人間ではなく私の仲間に近いらしい。
そんなことを思っていると玄関先から「ただいま」という声が聞こえる。すると進藤ヒカルは「あ、塔矢だ」と言った。
どうやら塔矢とやらが帰ってきたらしい。どんなヤツかと思って駆け寄っていくと……そこにいたのは私の仲間ではなく、人間の男の姿だった。


「ミャー」


猫語で声を掛けてやると、塔矢アキラは私を見つめ、大きく目を見開いて絶句している。
なんだ、そんなに似てないじゃないか。進藤ヒカルのヤツめ。私は進藤ヒカルに文句の一言でも言ってやろうと駆け寄っていくと、進藤ヒカルは私を見て「あ、アキラ」と言った。

……アキラ? なんだそれは。その後も進藤ヒカルは私を見て何度もアキラアキラと呼ぶ。
いつの間につけられたのか、どうやらそれが私の名前らしい。

この時進藤ヒカルが私の名前を呼ぶ度に塔矢アキラが仰け反っていたのだが……後でわかるのだが、私と塔矢アキラは同名になってしまったらしい。
紛らわしいじゃないかと塔矢アキラが抗議をしていたが、進藤ヒカルは決して変えることなく、後々観念した塔矢アキラも私のことを「アキラ」と呼ぶようになった。


「アキラ」と名を呼ぶ進藤ヒカルは、幸せそうだった。





──これが今からちょうど2年前、私と進藤ヒカル、塔矢アキラとの出会い。
奇妙な縁で、私は彼等と生活を共にすることになった。




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続きは本にてご覧ください。応募をお待ちしていますv