僕らにとって、最後の北斗杯が終わった日。



進藤が、いなくなった。













よく晴れた、5月のことだった。






















innocent world


act.01































今年で4回目になる北斗杯。
僕は、第1回目からのメンバーだ。
僕だけじゃない。進藤も。社も。団長の倉田さんまでも。
つまり、まったく代わり映えのしないメンバーで4年間出場し続けてきた訳だ。

「それだけお前達が抜きん出てる、ってことじゃん。
 でもお前らと同世代のヤツら、悔しいだろーなー。
 オレから見れば、そんな強いヤツらがたくさんいる世代なんて、すっげー羨ましいけどさっ」

と倉田さんは言っていた。
実際確かに僕らと同世代組は、囲碁界では「新世代」と称されていた。
実力が高く、伯仲している者同士が大勢いたからだ。

その中でも筆頭とされていたのが、僕と進藤だった。


やれ「新しい時代の旗手」だの「新時代幕開けの若き担い手」だの。
僕らが何かに一つでも勝つと、そのような大袈裟な形容詞と共に名前を書き連ねられることが多かった。

現に、僕は今期の十段戦の挑戦権を得た。
進藤もリーグ戦の常連の仲間入りを果たしつつある。碁聖戦では最後まで残っていたはずだ。
彼がこだわる本因坊戦では、僕も彼も惜しいところでリーグ落ちしてしまった。


その過密なスケジュールの中行われる北斗杯は、肉体的にも精神的にもかなり厳しい。
でも、それを押してでも、何を置いてでも僕は北斗杯には出たかった。




北斗杯には特別な思い入れがあったのだ。




今思えば、第1回からいろいろなことがあった。
韓国の高永夏と進藤が秀策のことでモメたり。(その後誤解は解いたものの、今もあまりこの二人は仲は良くないように見える)
第2回から出場して来た中国の楽平が和谷四段とそっくりなのを進藤と社が面白がって、からかい過ぎてモメたり。(まあもっともその後は楽平が異様に進藤に懐いてくっついて離れず、何故だか和谷四段がムッとして楊海さんは帰国に一苦労だった)
第3回に至っては、進藤が初日のレセプションと2日目の中国戦に大遅刻するハプニングもあった。(この時は風邪を拗らせた高熱が原因で、病院とホテルを行ったり来たりで倉田さんが「3Kgは痩せたよ!」と怒っていた)
そして第4回では、今回から韓国の団長になった高永夏が選手でリーダーの洪秀英と大ゲンカしたり。(ここではもうバカバカしくて敢えて理由には触れないが、その原因が進藤だったりするのだが)


思い出す事柄には、すべてに進藤が絡んでいる。
そう、進藤が。


僕が北斗杯に対して強い思い入れがあるのは、進藤に原因がある。



進藤は、北斗杯ではいつもと違う碁を打ってみせる。
普段僕と打ったり、公式で打つような「彼の棋風」は影を潜め、代わりに今まで見たこともないような一手を打ってくる。
それを、何と例えるべきか。




…何かを試しているような。
…何かを探しているような。



…何かに呼びかけているような。






そうして、彼は今まで見たこともない美しい棋譜を作り上げるのだった。
僕はより近くで、誰よりも彼に近いところで、その棋譜が作り上げられていく過程を見たかった。

そしてずっとずっと、聞いてみたかったのだ。
彼に。






「その棋譜は、誰に呼びかけているの?」







と。














それを聞く前に、彼は僕の前から姿を消してしまった。