夏の終わりに降り注ぐ冷たい雨は、水の檻となってキミを隠す。
冷たい膜で目を覆い、地を打つ音で耳を塞ぐ。
そして僕は奪う
キミから何もかも
Seasons
─Summer─ act.08
「ああー…こりゃ止みそうもねぇな」
雨が降り注ぐ空を見上げて、進藤がポツリと呟いた。
細い顎を伝って、雫がポタリ、ポタリと地面に落ちる。
僕がその様子をジッと見つめていると、その視線に気付いたのか進藤は僕を見て少し顔を赤らめ「な、何だよ」と言った。
今日は9月の第4週、月曜日。芹澤先生の主催する研究会が行われる日だ。
去年の春に行われた第1回北斗杯──その時の棋譜を見られた芹澤先生が僕と進藤を研究会に呼んでくれたのだ。
それ以来、毎回参加出来る訳ではないが、僕も進藤も都合のつく限りこの研究会に参加している。
新鮮だったのだ。
他の門下の研究会に参加するのは初めてだったから。
父がずっと続けてきていた塔矢門下の研究会は、今は緒方さんが中心になって主に僕の家で続けられている。
父が帰国している時は特に研究会だと銘を打たずとも、自然と人が集まってくる。
その中でずっと打ち続けてきた僕は、他の先生が打つ碁に教えを頂くことと、他の門下生たちと打ったり意見交換を出来ることが楽しかった。
そして何よりも、進藤と一緒に参加出来ることが嬉しかったのだ。
今では過去と違い、進藤と打とうと思えばいつでも打てるし、互いの棋譜の検討だっていつもやっている。
でも研究会はそれだけではない。他の人と碁を打つ進藤を見ることが出来るし、他人の棋譜を見る進藤の意見を聞くことも出来るのだ。ただ僕と打つだけではない──他人と打つ姿や他人と彼の棋譜から、僕の知らない進藤の姿が見えてくるような気がした。
進藤は芹澤門下の誰からも好かれた。気難しい芹澤先生にも可愛がられていた。
年上の人から見れば無礼で生意気なところ少なからずある進藤だが、根は素直なのだ(それ故の失言も多々あるようだが)。そして元々の人好きする性格からか、すぐに皆と打ち解けた。
何よりも皆、進藤の打つ一手や棋譜に惹かれているようだった。今やタイトルに最も近い一角の一人とされる、芹澤先生でさえも。
そんな研究会のある日──進藤と打った後に、先生が言っていたことがある。
『彼の師は、誰なのだろう』
『……え?』
『一度、聞いてみたんだがね。笑うばかりで答えてくれなかった。
森下先生は直弟子ではないとおっしゃっていたし…。キミは知っているのか?』
『……いえ。僕も知りません』
『そうか』
僕の答えを聞いて芹澤先生はフウと息をつくと、どこか遠い目をして窓から見える空を見上げた。
『不思議だな、彼の碁は』
『………』
『若さ故の斬新な一手が多く見られる。
かと思えば、恐ろしい程に老練な一手を放ってくることもある』
『………』
『それこそ何十年……いや、何百年と打ってきたのではないかというくらいの』
『………』
『それと……最近顕著になってきているのだが』
『時折見せる、あの諸刃の剣のような一手』
『──……』
『まるで、この一局を打ち終えたら彼は』
「塔矢!」
進藤の大きな呼び声で、僕はハッと我に返った。
僕が慌てて「なに?」と返事をすると、進藤は眉を潜めて「何ボッとしてんの?」と言った。
相変わらず雨は止みそうもなく、僕等の視界を覆っている。
芹澤先生の研究会を終えて帰り道を歩いていた僕等を襲ったのは、今も僕等を閉じこめているこの大雨だった。
僕も進藤も生憎傘を持っておらず、慌てて走って小さな煙草屋の軒下へ避難したのだ。
僅かな距離を走っただけなのに、僕も進藤もだいぶ濡れてしまっていた。
この大雨では、家に着く頃には濡れ鼠どころではない状態になってしまう。
仕方なく、僕等はその軒下で小雨になるのを待つつもりだったのだが──雨は一向に止みそうもなかった。
「どーする? もう20分は経つよなあ」
進藤は黒く覆われた空を見上げて呟いた。
髪の毛も服も濡れている進藤は、何だかいつもより随分と頼りなさげに見えた。
「……ヘックシュ!」
「大丈夫か?」
「うう、ちょっと寒ぃかも…」
そう言って進藤は身を縮こまらせる。だが次の瞬間、何かを思いついたのか「あ」と大きな声を上げた。
「オレん家、来る?」
「……え」
「ここから走れば、15分ちょっとで着くかなあ。お前んちよりは近いし」
「それは、そうだけど」
「ここでいつまでも雨宿りしてたって埒が明かねぇだろ。決まり!」
そして進藤は、突然僕の右手を掴むと「さ、行くぞ!」と言って雨の中を飛び出していった。
「うっひゃあー、冷てーっ!」
「ちょっ、進藤…っ」
「転ぶなよ、塔矢ーっ!」
進藤はそう言いながら雨を全身に浴びて、楽しそうに笑った。
──こうしていると、以前と変わらないのに。
進藤に手を引かれて走りながら、僕は芹澤先生の言葉を思い出していた。
芹澤先生が進藤の碁を「諸刃の剣のような碁」と言った。先生のおっしゃることはよくわかる。
僕も彼の棋譜を見てそう思っていたからだ。
棋譜だけじゃない。打つ姿一つにしても、なんだか彼は以前と違ってしまったような気がしていた。
どこか儚げというか──どう言ったらいいのかわからないけれど、今にも消えてしまいそうな感じがしたんだ。
彼がそんなオーラを放ちながら打っている時は、大概が先生の言うような「諸刃の剣のような碁」だった。
鋭い一手。触れれば切れてしまいそうだ。だがそれと同時に、自分自身も血を流しているかのような──。
芹澤先生の言葉が耳に残って離れない。
『まるで、この一局を打ち終えたら彼は』
『息絶えてしまうのではないかと』
雨の音が響く。
でもそれは、僕の中に響くこの声を打ち消してくれることはなかった。
++++++
その後20分近く走り続けて漸く進藤のマンションに辿り着いた時には、お互い頭の先から足の先までずぶ濡れだった。「結局ずぶ濡れだな」と言って、進藤は笑いながら部屋の鍵を開けた。
「ちょっと待っててな。タオル取ってくるから」
「あ、うん」
「てゆーか、そのまま風呂場直行する? そのすぐ横、風呂だから」
「でも、キミの方が冷えて」
「いいから、お前先入っちゃえ。その後オレも入るし。タオル置いておくからさ」
そう言って進藤は僕の腕を掴むと強引に風呂場へ放り込み「ごゆっくり」と言ってドアを閉めてしまった。
……まったく、強引だな。初めて訪れた家でいきなり風呂場というのはいかがなものか。
でも夏とはいえ確かに身体は冷えているし、シャワーだけでも浴びさせてもらって早く出よう。進藤も暖まった方がいい。
そうして僕は急いでシャワーを浴び、風呂場から出るとタオルと彼のものと思われる服が一揃い置いてあった。
有り難くそれらを借りてリビングへ続く扉を恐る恐る開けると、部屋の真ん中で進藤が上半身を裸になり頭を拭いていた。
「オレの服着れた?」
「あ、うん。…ありがとう」
「……やっぱ、お前の方が足長いんだな。チクショウ」
彼のジーンズを履く僕の足下を見て、進藤はムッとした表情になり頬を膨らます。
「僕の方が背が高いんだから、仕方ないよ」と言って僕が笑うと、進藤は「それがまたムカつくんだよ」と言ってますます頬を膨らませた。……というか、しかし。
「なに? なんでお前顔赤くなってんの?」
「や…その」
「なんだよ」
「その……目のやり場が……」
そう言って僕が顔をますます赤くして俯くと、進藤は「はぁ?」と大きな声で言った後に鏡に映る自分の姿を見て「ああ、そういうことか」と納得しゲラゲラと笑い始めた。
「何言ってんだよ、お前。オレがお前のこと襲うとでも思ってんの?」
「ち、違っ! そういう意味じゃ…!」
「冗談だよ」
進藤はまたゲラゲラと笑うと冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、僕に向かって投げてよこした。
僕は「ありがとう」と言ってそれを受け取り、水を口に含みながら彼の部屋をマジマジと見つめる。
そんな僕に進藤は「何にもない家だろー」と言ってまた笑った。
確かに、何もない家だった。
小さな冷蔵庫と、ほとんど使われた形跡のない台所。
部屋の一番奥にベッドがあって、僕等のいる部屋の真ん中には小さめの白いテーブル。
そしてその横には足つきの碁盤があって、棋譜が山積みになっている。
テレビもオーディオも何もなく、雨の打ち付ける音のみが響く──何もない部屋。
色のない打ちっ放しのコンクリートの壁が、何だかより部屋をガランとさせているような気がした。
──まるで独房のようだな。
失礼だとは思いながらも、そんな印象を受けずにはいられなかった。
まるで、囲碁を打つことしか許さずに彼を閉じこめておく檻のように見えたのだ。
そして彼は自ら喜んでその檻の中に飛び込んでいくのだ。
そこまでして、何故?
「……何故、一人暮らしを?」
「みんな同じ事聞くんだな」
ま、しょうがないか。そう言って進藤は再び笑う。
「もっともっと碁を打ちたかったから。オレはもっと強くならないといけない」
「……一人で?」
「実家にいるより、ここで一人でいた方が碁だけの世界に集中出来るんだ。
オレは、早く強くなりたいんだよ」
「………」
「もっと早く。オレは緒方さんよりも強くならないと」
緒方さんの名前を聞いて、思わず僕はピクリと肩を揺らして目の前に立つ彼を見る。
彼はそんな僕を見て静かに笑い──そして、言う。
「緒方さんよりも強くなれば──お前、オレと一緒にいてくれるだろ?」
彼が瞳の中に深い深い色を宿してそう言った瞬間──外の雨の音がより一層激しさを増したような気がした。
雨の音が響く中、僕は僕を見つめる彼の目に射抜かれて、動くことが出来ないでいる。
そんな中で漸く振り絞って出した声は、どこか震えているような感じがした。
「……そんな……ことのために」
僕がそう言った瞬間、静かな顔をしていた進藤の表情が突如一変する。
それは怒りを含んだようなものに変わり、そしてそれに突き動かされるようにしてワナワナと震えながら、彼は叫んだ。
「そんなこと…? オレにとっては『そんなこと』なんかじゃないんだよ!」
彼の叫び声に僕は驚いて「し、進藤」と声を掛ける。その僕の声を聴いた瞬間、彼はガクリと膝を落として、まるで崩れ落ちるかのようにその場に座り込んでしまった。
その様子に驚いた僕は、彼の腕を掴み「進藤!」と大きな声で名を呼ぶ。すると彼は再び大きく震え始めた。
だがその震えは先程の怒りに突き動かされるものとは全く異なる──恐怖に怯えるかのようなものだった。
彼は小さな身体をガクガクと揺らしながら口を開く。
「だ…だって……オ…オレ…もう、それしか……」
「進藤、落ち着け」
「だって…もうそれしか、お前と一緒にいられる方法が思いつかなくて…」
「進藤
「と…塔矢…オレ…もう…」
その震える声を聴いた次の瞬間──彼の身体は僕の腕の中にいた。
一瞬の隙をつき、まるで縋り付くようにして僕の胸に飛び込んできたのだ。
僕の腕の中で震えるその身体は想像していたものよりずっと細く、そして今にも音を立てて崩れてしまいそうだった。
「し…進…」
彼の震えが僕の身体にも伝わってしまったのか、上手く言葉が出ない。
掌にジワリと汗が滲む。上半身に何も着ていない彼の素肌が直接僕に触れる。
僕の胸の奥にある臓器が、外の雨に負けない程の大きな音でけたたましく鳴っている。
どうしたらいいのかわからずに僕が固まっていると、僕の腕の中にいる進藤が、再び震えながら口を開いた。
「塔矢…オレ、もう」
「な…なに?」
「もう、嫌なんだ」
「……え?」
「もう、置いていかれるのは嫌なんだよ」
その言葉を聞いた時、僕はそれが一体何を意味しているのかわからなかった。
わからなかったのに、何故だか心臓はより強い音を立ててドキンと鳴った。
きっとこれが“警報”だったのだろう。
だが僕はそれに気付かなかった。
気付かなかったんだ。
その時僕は、違うものに目を奪われていたから。
何もない部屋の真ん中に置かれる小さな折り畳み式の白いテーブル。
そのテーブルの下にあるのは、色のないこの部屋では一際目立つ──赤い色。
その赤い箱の横にある使い古された小さな灰皿──それは、幼い頃から僕が恋心と共に見続けていた風景だった。
……何故?
何故これが、ここにある?
進藤が煙草を吸うのか?
いや、それはあり得ない。
進藤は煙草の煙が苦手だ。碁会所の煙草でさえ嫌っているのに、自分で吸うはずがない。
では、誰の?
誰の、だって?
聞くまでもないんじゃないか?
だって、僕はこの間も見たじゃないか。
二人が一緒に棋院を出ていくところを、僕は見たじゃないか。
偶然一緒になったのだろうと思っていた。
でもそれはもしかして、偶然ではなかったんじゃないのか?
もしかして、二人は───────
その時。
ゴトリ、と大きな音が僕の足下で響く。
その瞬間、先程まで重みを抱えていたはずの腕が軽くなっていることに気付く。
ハッと我に返って音の響いた足下を見ると、進藤が息を切らしながら床に倒れ込んでいた。
「し、進…」
上手く声が出ない。手が震える。
どうしたんだ、進藤の様子が変じゃないか。早く確認しなくちゃ。
なのに震える身体が上手く動かない。
最早自分が何に震えているのかもわからない。怒りなのか、悲しみなのか、それとも──。
なんとか震える身体を押さえながら、倒れてしまった進藤を抱き起こす。
「進藤」ともう一度声を掛けると、進藤は苦しそうにハァハァと息を切らしていた。
素肌のままの上半身に触れると、妙に熱を持っているのがわかる。
恐る恐る額に触れると、まるで火のような熱さだった。
「ひどい熱……そうか、濡れたままで…」
そうだ。僕だけがシャワーを浴び、彼は冷えた身体のままだったのだ。
雨の中にいた時も彼は寒さで震えていたのに……。
自分の迂闊さで漸く我に返った僕は、「進藤、進藤!」と名を呼びながら頬を軽く叩いた。
だが進藤は「う…」と苦しそうな声を漏らすだけで、意識は戻らなかった。
医者を呼ばなければ。いや、まずはベッドに寝かさなければ。
そう思って彼の身体を持ち上げる。想像していたよりもずっと軽いその身体は簡単に持ち上がり、そのまま部屋の奥にあるベッドの上に寝かせた。
上半身が裸のままもマズイだろう。何か着替えを……と思った瞬間、ピリリとケータイの呼び出し音が響いた。
部屋が静かなだけに、妙に大きな音に感じる。この音は僕のケータイではない。彼のケータイが鳴っているのか。何となく音のする方へと視線を向けると──白い小さなテーブルの上で、彼のケータイが音を出しながら震えているのが見えた。
そのまま放っておこうと思った。僕が出る訳にもいかないし、放っておけばいつか相手も諦めるだろう。
そう思っていたのだが──よっぽど執念深い相手なのか、ちっとも諦める様子はなく、いつまでも進藤のケータイは鳴り続けていた。その状態が何分も続けば、さすがに僕も苛々としてくる。ただでさえ静かな部屋だから、必要以上にケータイの音が響くのだ。
出る訳じゃない。とりあえずケータイの音を止めるために、マナーモードにするか電源を切ってしまおう。
そう思って、恐る恐る彼のケータイを手に取る。
碁石のストラップがついた、折り畳み式の小さなケータイをそっと開く。
するとそこには──いつまでたっても諦めようとしない執念深い相手の名前が表示されていた。
緒方精次
090-xxxx-xxxx
ピリリリリッ、ピリリリリッ、ピリリリリッ
無機質なケータイの音が、無機質な部屋の中にいつまでも木霊する。
僕は、僕の手の中で音を立てながら震えるケータイをジッと見つめたまま動くことが
出来なかった。
液晶画面に表示されている──幼い頃より恋い焦がれている人の名前を見続けたまま。
ピリリリリッ、ピリリリリッ、ピリリリリッ
何かが僕の中で音を立てる。
電話の音が響く度に、僕の中で何かがひび割れるような音がする。
ピリリリリッ、ピリリリリッ、ピリリリリッ
音を立てて落ちていったそれは、まるで波のようにスウッと僕の奥底へ引いていく。
そうして波が引いていく度に、僕の心は冷たく冷えていく。
ピリリリリッ、ピリリリリッ、ピリリリリッ
緒方さん、進藤──僕は。
ピリリリリッ、ピ
──5分は鳴り続けていただろうか。
漸く観念したのか、ケータイは音を出すのと震えるのを止め、僕の手の中で息絶えたように静かになった。
そして僕は、何の躊躇もなく彼のケータイを操作する。
他人のケータイなのに? 僕は人として最低なことをやっている。頭の奥で冷静にそう思いながらも、僕は勝手に動く手と文字を追う目を止めることが出来ない。
そんな僕が見つめているのは──彼のケータイの着信履歴だった。
1日に最低3回、多い日は5回以上も表示されるのは先程見たのと同じ──“緒方精次”の名前だった。
どこまで見続けても現れるその名前を見つめる度に、僕はあの花火大会の夜のことを思い出す。
緒方さんと二人で出掛けた大切な思い出。そして──終止符を打たれたあの日の夜。
『オレは、他に好きなヤツがいる』
『だから、お前の想いに答えてやることは出来ない』
『それは…僕の知っている人ですか』
『……ノーコメントと言っておこうか』
そうか。
緒方さんの好きな人は──キミだったのか。
緒方さんが僕にキミの名を答えられないはずだ。
そうか──そうだったのか。
僕は何も知らずに、ただ一人で空回って。
決して振り向くことのない人のことばかりを想って。
いや、僕だけじゃない。
キミも緒方さんも同じか。
キミも決して振り向かない僕を想い、緒方さんもそんな進藤想っている。
そして僕は緒方さんを想って。
馬鹿だな、僕たちは。
3人でグルグルと回って……そこに終着点はあるのかな。
キミには見えているのだろうか。
教えてよ。
「教えてよ、進藤」
熱で浮かされる進藤の頬にそっと触れる。
僕の冷たい手が気持ちよいのか、進藤は僅かに柔らかい表情を見せる。
そして僕は、そのまま手をゆっくりと下へ下ろしてゆく。
頬、顎、首筋、鎖骨、胸────僕の冷たい手が彼の身体を伝ってゆくと、彼は「う…ん…」と小さな声を上げた。想像していたよりも、ずっと高くて甘い声だった。
いつもはその声を、緒方さんに聞かせているのかい。
僕のことを好きだと言いながら、結局緒方さんのことを拒むことも出来ず。
そんな最低のキミが見つめている先──“終わりの場所”にはきっと、僕も緒方さんもいないのだろうね。
僕等の気持ちを捨てて、キミは。
ふざけるな。
その後はもう、何が何だかわからなかった。
ただ、がむしゃらに目の前にある身体を貪った。
そこに優しく抱きしめたり愛撫をするような行為はなかった。
まるで肉食獣が弱り切った草食獣を喰らっているかのようだった。
熱に犯された進藤の身体は、外も中も異常なくらいに熱かった。
僕も、キミの中で溶けてしまえたらいいのに。
そうすればかつてキミの中にいた──“誰か”の気持ちがわかるのかな。
そんな取り留めもない考えが浮かんでは消えた。
僕も彼の持つ火のような熱に侵食されてしまったのかもしれない。
それももう、どうでもよかった。
ねえ、進藤。
僕の中に渦巻く、キミ対するこの気持ちは何なのだろう。
緒方さんに終止符を打たれたあの夜からずっと考えているのだけど──今もまだわからないよ。
でもこれだけは言える。
今、誰かにキミのことを「好き」か「嫌い」かと問われたら、僕は迷わずに答えられる。
僕は、キミが憎いよ。
だから僕は、キミに僕の気持ちは絶対にあげない。
でも僕は奪うんだ。
キミから溢れ出るものは何一つ残さずに、全てを奪う。
キミの気持ちも。
キミの中に流れ込むあの人の気持ちも。
この熱ですら奪いたかった。
僕は、キミが憎いから。
抱いている最中、熱で魘されるキミと何度か目が合った気がした。
犯す僕の顔を見て、何故だかキミは嬉しそうに笑った。
雨の檻の中で、まるで濡れた花のように。
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