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01-5.5 プルルルッ。プルルルッ。プルルルッ。 ………。 プルルルッ。プルルルッ。プルルルッ。 ………? プルルルッ。プルルルッ。プルルルッ。 ……目覚まし…………ケータイ? プルルルッ。プルルルッ。プルルルッ。 …ケータイ鳴っとる… プルルルッ。プルルルッ。プ 「………もしもし」 『……』 「もしもし。誰や…?」 『社か』 「…オレのケータイなんやからオレが出て当たり前やろ。アホ。 …誰やお前」 『塔矢だ』 全身から血の気が引く。 さっきまでぼんやりとして、まるで動かなかった頭がはっきりと覚醒する。 まるで悪魔からかかってきた電話をとってしまったかのような気分だ。 時計もちょうど丑三つ時を差している。 ついに来たか。 予想より随分早かった。さすがは塔矢やな。 いつか連絡がくることはわかっていたのだ。 内容も聞かなくとも大方わかる。 あとは、いかに。 如何に冷静にこの悪魔だか鬼だかのような形相をしているであろうコイツと冷静に話し合えるか、だ。 アイツに言われた通りに。 「…なんや、塔矢か。何時や思うとるんや自分。何の用や」 『…こんな遅い時間に申し訳ない。用件だけで簡単に済ます』 用件だなんて。あのことしかないやろ。 『進藤はどこだ』 ほら来た。 まるで人を誘拐犯みたいに言いおって。 よしオレ、ここが堪えどころやで。 「…何や急に進藤て」 『とぼけるな。今朝、キミは進藤から預かった棋譜を持って東京の本妙寺へ来ただろ』 「……」 『棋譜を燃やしてくれ、と』 本妙寺に行ったのか。 よう見つけたな。そこからオレを嗅ぎ付けたわけか。 『何故キミが』 「あ?」 『何故キミが彼の棋譜を持っている。何故キミが進藤と共にいる』 「『本当はそれは自分の役目なのに』…ってか?」 『………』 「冗談や」 ケータイで話ながらカーテンを少し開けて外を見る。 まだまだ真っ暗だ。初夏の気候を感じるようになってきたとはいえ、夜明けまで随分時間がある。 電話の向こう側の「鬼」は黙りこくってしまった。深夜の奇妙な沈黙が流れる。 思えば、塔矢とは長い付き合いになる割に、二人きりで長く話したことはほとんどなかった。 間にはいつもアイツがいたのだ。 アイツを通してしか、塔矢はオレを見ようとはしなかった。 単純にオレに興味がなかったのだろう。 別に腹が立つとかはない。コイツはこういうヤツや。 それだけだ。 塔矢は他人に興味がない。アイツが唯一視野に入れている他人はアイツだけだ。 もっとも、塔矢の中ではすでにアイツは他人ではないのかもしれない。 そう、まるで自分自身の一部であるかのような──。 それは確かにキツイだろう。 自分自身の一部が、もしいなくなってしまったら。 消えてしまったら。 塔矢がこうして非常識な時間に切羽詰まった声で電話してくるのもわからないこともない。 それ程までに塔矢はアイツのことを想っているのだ。 進藤だってそれに気づいているのに。 「もしもーし」 『……何だ』 「何や、起きとるか。あんまり長いこと黙っとるから、寝てもうたのかと思たわ」 『そんなわけないだろう。大体キミは』 「あー、はいはい。冗談の通じんやっちゃな。わかっとるって。 そんなやから進藤かて逃げてしまうんやで」 『──…』 「あー、もう! だから冗談やって。進藤の居場所やろ。 確かに先週からやったか。こっちに来とるで。 ああ、別にオレに会うとかそんなんちゃうで。用事でこっちに来たついでやって」 『──』 沈黙なのに、言葉以上の凄まじいプレッシャーを感じる。電話越しであるにも関わらず、だ。 これが電話などでなく碁盤であったなら、自分はどうなっていたのだろうか。 考えただけで背筋に冷たいものが通る。同時に火のようなものも灯る。 あかん。今はそれどころやない。 碁の勝負と一緒やで、これは。飲まれたら負けや。何もかも吐いてしまう。 それではあかん。絶対にあかん。 言われた通りに。言われた通りに言えばいいんや。 アイツのためにも。 そしてそれは塔矢自身のためでもあるんや。 言われた通りに。 言われた通りに。 「今日はおらんで」 『──』 「オレも仕事やし。アイツも今日はおらん。 でも明日なら。 明日ならオレは休みや。アイツもオレんとこにおる。 お前がもし平気なら会いに来たらええ」 『でも』 「はよ会わんと」 『え?』 「はよ会わんと、アイツ」 はっと我に帰って慌てて口をおさえる。 何を言ってるんだ、オレは。 『進藤が、進藤が何だって?』 「あー、そういや棋譜の件な」 『!』 「棋譜のことも確かにオレがアイツに燃やしてくれ言われたわ。 たまたまオレが今日東京に日帰りで行く用事があったから、それでや。 なんで自分で行かんのや思うたやろ。オレもそう言ったわ。 でもアイツ言わんねん。 多分オレじゃないんやろ、それ聞くの。お前やと思うで」 『──』 「お前、慣れとるやろ。 アイツのこと追っかけるのも、捕まえるのも。 追っかけて来て、聞いたらええ。 そうしないと、何も始まらんで」 その後。 塔矢は納得したのかしないのか、ただ「そうだな、ありがとう」と言って電話を切った。 明日の午後に大阪に来るとのことだった。 電話をおいて、ふうっと大きく息をつく。 手のひらに汗をかいていた。 まったく、アイツめ。 ホンマもう勘弁やで。 たまたま今は塔矢より事情は知ってるかもしらんけど。 それ以外何も知らんオレにあんまりこんなことさすな。 今日会ったら、絶対メチャクチャ文句言うたる。 アイツ笑い転げるやろな。「さすが塔矢だなー」とか言うて。 あかん、ムカっ腹立ってきよったわ。 なあ、進藤。 お前、幸せやないか。 確かに塔矢はちょっと変わっとるし、おっかないところもあるかもしれん。 でもこんなにまで自分のことを想ってくれる相手なんて、そうそうおらんもんやで。 なあ進藤。 塔矢なら、絶対大丈夫やって。 絶対わかってくれる。 だから、お前ももっと塔矢のことわかってやらんとダメや。 だから。 早くお前が、いろいろ塔矢に話せる日が来るとええな。 そうしたら、少しはオレにも話してくれるんやろか。 ふと、窓の外を見た。 遠くの空が、薄ぼんやりと明るくなっていた。 綺麗だ。 アイツの言う、「あの世界」とは、あの空の向こうにあるのだろうか。 オレには多分、行くことは出来ないけれど。 |