10-1.5





──2006年12月15日 午前11時05分。



進藤の運ばれたこの病院は都内でもかなり大きな病院らしく、病院の中のあちこちに待合室や休憩室のようなものがある。
また病院特有の閉塞感はなく、大きな窓や吹き抜けなどがたくさんあり、太陽の明るい光が院内を照らしていた。

オレ達がいるこの待合室も天井まで届く大きな窓があり、外の光が燦々と差し込んでいた。
オレの前に泣きはらした目で座る女──藤崎あかりの髪の毛を太陽の光が明るく照らす。
涙で光るその目元は、光が反射してキラキラと輝いて見えた。

泣きはらした目の女──藤崎あかり。
進藤の幼馴染みだという女。昔から隣近所に住んでいて、小さい頃から進藤のことを知っているという。
小柄で大きな瞳をした彼女は、少し進藤と似ているような気がした。
塔矢ともどうやら顔見知りらしく、彼女はひたすら塔矢に「ごめんね」という言葉を繰り返していた。
だが塔矢は──そんな彼女を目の前にしても、虚ろな瞳は変わりなく、言葉を発することもなかった。

オレは先程の塔矢と同じように、彼女の前にもコーヒーを置く。
すると彼女は小さな震えた声で「ありがとう」と言った。
──きっとオレから電話を受けた時から、ずっと泣いているに違いない。
その声は可哀想なくらいに掠れてしまっていた。

進藤が病院に運ばれた後、オレは進藤の両親に連絡すべく実家に電話をした。
その時に電話を取ったのが、留守を預かっていた藤崎あかりだったのだ。
彼女自身も、今は実家ではないところ(恐らく結婚しているのだろう)に住んでいるらしいのだが、昨夜はたまたま実家に帰っていて、そして今朝は進藤家の郵便物を取りにたまたま訪れていたらしい。偶然にもその時にオレからの電話が鳴ったのだ。
進藤の両親は一昨日から進藤の父方の親戚の法事があるらしく、九州へと帰省しているとのことだった。
彼女から進藤の両親に連絡はいったらしいが、東京へと戻って病院に来れるのは明日になるらしかった。

オレが思うに──彼女がオレの電話を取ったのは偶然ではなく──きっと幼い頃から一緒にいる進藤のピンチを、彼女は必然的に知るべき立場にあったのだと思う。
そして、彼女は塔矢に彼女が知りうる『進藤の真実』を伝えにやってきたのだ。

藤崎あかりは、コーヒーを一口飲むとフウと小さく息をついて、白いハンカチで濡れた目元を拭った。
そして掠れてしまった声で、『進藤の真実』を語り出した──




「……ヒカル、ね。
 小さい頃、すごく身体が弱かったの。
 前に塔矢くんに少し──話したことあったでしょ。
 本当に身体が小さくてね、痩せっぽっちで。幼稚園もよくお休みしてて」

「………」

「おかしいよね、私。そのこと、塔矢くんに話していたのに。
 ヒカルが小さい頃すごく身体が弱かったこと、話してたのに。
 なんであの時思い出さなかったんだろう」

「………」

「ヒカルね、小さい頃ずっと入院してたの」





……進藤が小さい頃、入院していた?

そんな話、聞いたことがない。『進藤の事情』を少しだけ知っているこのオレでも、聞いたことはない。
塔矢はどうだろうか。
相変わらず瞳は虚ろなままだったが、どうやら彼女の言葉は届いているらしく、少しだけ驚いた表情をしていた。
それはそうだ、『進藤の事情』を知っているオレでも驚くような話なのだ。何も知らない塔矢は、尚のこと驚くに違いない。
だって進藤は、そんな話をオレ達に一度もしたことはなかった。
いつも明るくて元気で──そこまで思った時、オレは先程の高永夏の言葉を思い出す。

『お前を傷つけないために、お前を守るために、ヒカルは嘘をついて必死に隠していたんだ!!』

──そうか。塔矢を心配させないために、傷つけないために、進藤は自分の過去や身体のことを隠していたのか。


オレが思っていることを、塔矢も思っているのだろうか。
横に座っている塔矢を見ると、光の失われた瞳が、ユラユラと揺れているのが見えた。
そんな塔矢の前で、彼女は再び言葉を続けた。





「入退院を繰り返して……退院しても、またすぐに病院へ戻って──
 小さい頃、ヒカルはほとんど病院にいたの。点滴の管に繋がれて……白い部屋にいたの」

「………」

「白い壁……白い布……白い光……白い服を着た人たち」

「………」

「白い白い世界──あれは……そう、病室だったの」






藤崎あかりの言葉が、酷く抽象的になる。
不思議に思ったオレは顔を上げて彼女の様子を見る。すると彼女は真っ青な顔で、自分の両耳を押さえるようにして話していた。
そんな彼女の様子に驚いたオレは「どうした?」と尋ねた。
だが彼女はオレの問いには答えずにユルユルと首を横に振って、さらに言葉を続けた。






「消毒液の匂いがツンとする部屋で……白い壁に囲まれていて……
 その中にヒカルはいて……その白い部屋は、どこか寒い感じがして私は嫌いだった」

「………」

「どうしてヒカルをこんな部屋に閉じこめておくんだろう、って私ずっと思ってた」

「………」

「でも私は毎日ヒカルのお見舞いに行った。その白い部屋からヒカルを守りたかったから。
 毎日色んな話をしたわ。今日幼稚園であったこと。友達と遊んだこと。
 お弁当のおかず。ミカ先生が歌ってくれた歌。踊った踊り。花壇に咲いた花の色。
 そんな話ばかりしてた。 ヒカルは楽しそうに聞いてくれた」

「………」

「でもヒカルはいつも管に繋がれて、色のついた液体が小さなヒカルの身体の中に流れていった。
 笑ってるヒカルは、いつもベッドの上にいた。
 私、恐かった」






彼女の言葉が震える。
それと同じように、彼女自身も小さくガタガタと震え出す。
オレはますます心配になり、「大丈夫か?」と尋ねた。
しかし、彼女は先程と同じように返事をすることはなかった。

進藤の過去を話す彼女の様子は、まるで何かに怯えているかのように見えた。
そうだ、まるで子供の頃聞いた『怖い話』を必死に話しているかのような──




子供の頃聞いた『怖い話』……



忘れていた『怖い話』……



忘れていた『進藤の過去』……


・・・・・・・・・
忘れようとしていた『進藤の過去』……?




もしかして彼女は、病弱だった子供の頃の進藤の記憶を無意識に封じ込めていたんじゃないのか…?
『思い出したくないもの』として──



オレがそんなことを考えている間にも、彼女は震えながら口を開く。








「ある日──その日も私はヒカルのお見舞いに行った。
 そしていつものように幼稚園のお話をした。
 その時、私聞いたの。『ヒカルは大きくなったら何になりたいの?』って。
 その日幼稚園で、将来の夢をミカ先生にみんなで話したから」

「………」

「ヒカル、それを聞いてなんて言ったと思う?」











蘇る過去の記憶。
思い出したくない記憶。
封じていた記憶。

白い白い記憶────……































『ヒカルちゃんは、大きくなったら何になりたいの?』
『あかりちゃん、僕大きくなれるかなあ』
『好き嫌いしないでなんでも食べれば大きくなれるって、お母さんが言ってたよ』













『……僕、大きくなるまで生きていられるかなぁ』

































背筋がブルリと震える。
子供の頃の進藤の言葉。まだほんの5歳くらいの子供の言葉だ。
だが、それは「死」に裏打ちされた言葉だ。

ほんの5歳くらいの子供が、「死」と隣り合わせで生きていたのだ。

あの進藤が、子供の頃に──





「まだ5歳くらいだったのよ?
 あの白い部屋に閉じこめられて……小さなヒカルは、いつも死と隣り合わせだった」

「………」

「あの白い部屋は、いつかヒカルを連れて行ってしまう。私の手の届かないところへ」

「………」

「だから恐かった」

「………」

「私恐かったから──忘れようとしていたの。
 あの白い部屋のことを、小さいヒカルを閉じこめていたあの部屋を、忘れようとし
たの。
 忘れてしまえば……もうヒカルは連れて行かれることなんてないって思ったから」





彼女は話しながら、再びポタポタと涙を零した。
だがそれを拭うこともせずに、震えながら話し続けた。
幼い彼女が封印していた、幼い頃の進藤の記憶を──





「私は忘れた。
 そうしたら、ヒカルは戻ってきたの。白い部屋から元気になって戻ってきたの。
 小学4年生の終わり頃……ヒカルは突然元気になったの。
 それまでがすべて悪い夢だったかのように」

「………」

「嬉しかった。
 元気なヒカルは、ほんとうにやんちゃで悪戯好きで、勉強もしなくて……
 どうしようもない子だったけど、私は嬉しかった」

「………」

「そうして忘れたの。私もヒカルも。
 あの白い部屋のことをなかったことに──忘れたの」





泣きながら話す彼女の言葉は、酷く抽象的だった。
それはそうだ、幼い頃に封印していた記憶を紐解いて話しているのだ。
きっと彼女の中で、この記憶は彼女も進藤も幼いままで止まっているに違いない、とオレは思った。
幼い頃に封じた記憶を話すという行為は、きっと酷く辛くて残酷なものに違いない。
でも彼女は、震えながらもオレ達に──塔矢に話してくれているのだ。




「すっかり忘れた後も……ヒカルはずっと元気だった。
 まるで別の人間に生まれ変わったかのように。
 そして中学に入る頃、囲碁を始めたわ」

「………」

「ヒカルはますます元気になっていった。
 囲碁を打つヒカルはキラキラと輝いていて、本当に楽しそうだった」

「………」

「それが、中3になった頃のあの春の日──」

「………」

「ヒカルはまた突然変わった。プロを辞めるだなんて言い出した。
 結局その後もプロは辞めなかったけど……でも変わってしまったヒカルは、
 前と完全に同じようには戻らなかった」

「………」

「そしてそのヒカルは、私はどこかで見たことがあった。でも思い出せなかった」

「………」

「だって忘れていたんだもの。ずっとずっと奥深く底に沈めていたんだもの」





震える彼女の声は、ますます大きく震えていく。
オレは「落ち着いて、もっとゆっくりでええよ」と彼女に話しかけたが、彼女は言葉を続けることを止めなかった。
その残酷な記憶を話すことが、まるで彼女の使命であるかのように。




「さっき、電話でヒカルが倒れたって聞いた時──私の目の前にあの白い部屋が広がっていった」

「深い深い水の底に沈めていた、記憶が蘇ったの。
 小さいヒカルを閉じこめていたあの白い部屋がまた……また、ヒカルを閉じこめにきたの……」




彼女は一際大きく震えて、スウと息を飲む。
それと同時に、オレの背筋も再びブルリと震えるのがわかる。

塔矢。塔矢お前は? お前はオレ達の知らなかった進藤の姿を聞いて、今どんな気持ちなんだ?





「ヒカルは……『大きくなるまで生きられるかなあ』って言ってたヒカルは……
 またいつかこうなる日が来ることを、きっと知っていたの。
 ヒカルは忘れていなかった。
 ずっとずっと知っていたの。たった一人で」

「………」

「忘れていたのは……私だけだったの」

「………」

「私が忘れないで、きちんと塔矢くんに伝えていれば……
 こんなことにはならないで……塔矢くんもヒカルも傷つけないですんだの……」

「………」

「私が……私が……」







進藤が昨日の夜、部屋を飛び出していく前に言った言葉を思い出す。











『……オレ、ホントはわかってたんだよ。ずっと。お前と一緒に暮らす前から。
 オレとお前は、ずっと一緒にはいられないってわかってたんだよ』

『塔矢。………ごめんね』













進藤はずっと一人で隠していたんだ。
塔矢を守るために。
そして、塔矢と一緒にいるために。















「塔矢くん……ごめん……ごめんなさい……」





彼女は自分の封じていた記憶をすべて話し終えると、張りつめていた糸が切れたようにますます大量の涙を零した。
そして、手にしていたハンカチで顔を覆って泣き出してしまう。

オレは、そんな彼女に声をかけることが出来ないでいた。
到底声をかけることなど出来なかった。
身体が、腕が震える。

どうしようもない気持ちだった。
怒りなのか、不安なのか、恐怖なのか、それとももっと別の感情なのか。
言葉では何て言ったらいいのか──とてもわからない気持ちだった。

ただ一つわかるのは、そんな進藤の気持ちに気付かなかった、気付こうともしなかった自分への怒りと苛立ちだった。


ギリ、と膝の上で握っていた拳に力がこもる。
このどうしようもない気持ちを、どこにぶつけたらいいのかわからなかった。

──塔矢は。塔矢はどう思っているのだろう。
オレは顔を上げて、塔矢に声をかけようとした。



その時。




「あかり!」




待合室の入り口で、若い男が彼女の名前を大きな声で呼ぶ。
その声に驚いたオレは顔を上げると、そこには見たことのある顔があった。

アイツは確か進藤の友達で、和谷とかいう……


「義高……」
「あかり! こんなところにいたのか。探したぞ。大丈夫か」
「……うん…」

彼女は和谷を見ると、再びポロポロと涙を零した。
和谷は、彼女を落ち着かせようと、彼女の肩を抱きながらゆっくりと彼女の背中を撫でていた。
そしてその様子をジッと見つめていたオレの視線に気付くと、オレの顔を見て驚いたような表情になる。

「……お前、関西棋院の社。何でここに」
「何や、お前が彼女のダンナやったんか。驚いたで」
「驚くのはこっちだぜ。何でお前がここにいるんだよ」
「昨日からたまたま東京に仕事で来てたんや。で、進藤が倒れた時に居合わせたっちゅーワケや」
「で、進藤は?」
「まだ診療中や」

オレの言葉を聞いて、和谷は「そうか…」と呟いて大きな息をついた。
そして藤崎さんを慰めながらも、その不安そうな表情は隠すことが出来ずにいた。
確か、コイツは進藤と同期だったはずだ。塔矢を除けば、恐らく最も親しい友人の一人なのだろう。
心配で堪らないという表情をしながら和谷はふと顔を上げると、オレの隣を見て再び驚いた顔になる。
そして大きな声でオレの隣にいるヤツの名を呼んだ。

「塔矢!!」
「………」

だが、塔矢は和谷の声にも反応を示さなかった。
和谷はそんな塔矢を見ながら、藤崎さんのいる席からオレと塔矢の座る向かい側の席へと慌てて移動してくる。
そして塔矢の座る席の真後ろに立つと、再び大きな声でその名を呼んだ。

「塔矢! おい、塔矢!」
「………」
「おい、今こいつアカンて。ショックで放心状態でな、会話にならんって」
「塔矢! お前、すぐに棋院へ行け!」
「………」
「な、何言うてんのや、こんな時に!」
「違う! 今棋院が大変なコトになってんだよ!」


今にも塔矢に掴みかかろうとする和谷を慌てて止めたオレに、和谷は驚く言葉を告げた。
棋院が大変なことになっている、とは一体。

そういえば、進藤が倒れたことは棋院にも取り急ぎ連絡をしたので、そのことで──


「まさか進藤が倒れたことで…」
「……いや。進藤が倒れたことは極秘にされてる。マスコミに漏れたら大騒ぎになるしな。
 棋院でもごく一部の人間しか知らねえよ」
「じゃあ、一体…」
「韓国の高永夏が日本棋院に来て、『塔矢と勝負させろ』とか言い出したんだよ!!」
「はぁっ!?」


あまりの事に、オレは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だって、だって高永夏といえばつい先程までここに一緒にいたのではないか。
確かに洪秀英が「日本棋院で仕事がある」と言っていたが、この事だったのか?
でもそれならば、あの挑戦的な性格なら一言その事を言い残していくはずだ。もし高永夏が言わなかったとしても、洪秀英が言わない訳がない。
このわずか2時間足らずの間に、一体何が起きたというのだ。

「なっ……なんで…アイツ、さっきまでここにおったんやで!」
「そ、そうなのか? …ま、まあとりあえずそれよりも、
 とにかく高永夏のヤツ、元々はイベントで交流試合を何局かやる予定だったらしいんだ。
 だけど急にそれらを全部無視して『塔矢アキラ名人と対局をさせてくれ』って言い出したんだ!」
「んな……ムチャクチャな…」
「そしたら棋院も喜んじゃってさ。
 塔矢と高永夏だなんて、日本のトップと韓国のトップの対局だ、って大騒ぎなんだ」


高永夏のあまりの行動に、オレは驚きすぎて言葉が出なくなってしまう。
一体アイツは何を考えているんだ。つい先程までここに一緒にいて、進藤のことも、そして塔矢の様子もわかっているはずだ。
それなのに何故そんなことを言い出すんだ。
混乱する頭でグルグル考えていた時、ふと先程の高永夏の言葉を思い出す。





『……オレは、お前なんかにヒカルを渡さない。渡してたまるか』






──アイツもしかして、囲碁で塔矢と決着をつけようとしているんじゃないのか?










オレがそんなことを考えていると、和谷は再び塔矢に向かって呼び掛け始めた。



「とにかく棋院へ行け、塔矢! 棋院が──高永夏がお前を呼んでるんだよ!」
「………」
「塔矢!!」
「お、おい」
「塔矢!!」



呼び掛けに一向に反応しようとしない塔矢に和谷は業を煮やしたのか、呆然と座っていた塔矢の胸ぐらを掴むと、無理矢理塔矢を引きずり立たせた。
塔矢の座っていた椅子が大きな音を立てて倒れ、テーブルも大きく乱される。
オレも藤崎さんも乱された席から思わず立ち上がり、そして今にも塔矢に殴りかかろうとする和谷を止めようとした。


「義高! やめて!!」
「おい! 落ち着けって! 今の塔矢に高永夏と対局なんか無理や! お前もわかるやろ!!」
「だから何だよ!!」

和谷の怒鳴り声に、和谷を背後から掴んでいたオレと藤崎さんは思わずその動きを止めてしまう。
オレたちの力から離れた和谷は、再び塔矢の胸ぐらを強く掴むと、呆然としている塔矢の顔の目の前で怒鳴り始めた。


「しっかりしろよ、塔矢!! お前、プロ棋士だろ!! 名人だろうが!!」
「………」


和谷の怒鳴り声──いや、叫ぶようなその声が、静かな待合室に響き渡る。
外の明るい光は、先程と変わりなく塔矢やオレ達を燦々と照らしている。
光をなくしてしまった塔矢の瞳にも、同じ光が照らされている。








「お前は囲碁を打たなくちゃいけないんだ。お前が塔矢アキラである限り」

「………」

「だから進藤は、お前の傍にいたんだろ」









和谷は、塔矢の虚ろな瞳を力強く見つめながら低い声で語りかけた。
塔矢は「進藤」という言葉を聞いて、和谷の声に初めてピクリと反応を示した。

そして胸ぐらを掴まれたまま、塔矢はゆっくりと和谷を見つめる。
瞳は光を失ったままだったが、今は和谷の姿をはっきりと映していた。




















塔矢が、塔矢アキラである限り。
塔矢は囲碁を打たなければならない。





















だからこそ、そんな塔矢だからこそ、進藤は塔矢を選んだのだ。























オレは今、思い知る。
二人が──塔矢と進藤が背負っている宿命の重たさを。




いや、宿命というよりも──まるで何かの罪のようだ。
どんな時でも囲碁を打たなければならないという重たい罪を抱え、罪を償うために打ち続ける。

塔矢も進藤も、決して囲碁を打つことから離れることは出来ないのだ。






なんて酷い仕打ちなんだろう。
なんて酷い罪なんだろう。






二人に素晴らしい才能を与えた囲碁の神様は、やっぱり残酷だ。












そして、まるでその神様から言葉を預かってきたかのように、和谷は再び塔矢に向かって口を開く。








































「塔矢」











「囲碁を打て」







































その和谷の低い声は、明るい日の差す部屋の中に、重く静かに響いていった。