11-12






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To:進藤
From:洪秀英

Subject:大丈夫かい?




進藤へ。

久しぶり。メールの返事が遅くなってしまってすまない。
国際棋戦でずっとバタバタとしていて、なかなかメールを書く時間がとれなかったんだ。
今日もあまり時間がないので、手短になってしまうけどごめん。
とりあえず報告をしなければ、と思ったんだ。

国際棋戦の準決勝、塔矢と永夏の対局。
もの凄い大熱戦だったんだよ。僕の中でまだあの凄い棋譜を検討しきれていなくて…まだ送ることは出来ないんだけど、本当に凄い対局だった!
進藤にも見せたかったよ。

結果は半目の差で──塔矢アキラの勝利だった。
あんなに悔しがっている永夏を、僕は初めて見たよ。
周りにいた韓国棋院の人たちも驚いていたなあ。
でも、永夏は負けたことは悔しがっていたけど、喜んでいたよ。
「こんな素晴らしい棋譜を残すことが出来た」って。

あんまり仲が良くなかった塔矢と永夏だけど、この対局の後は二人で随分長いこと話し込んでいたみたいだし。
もしかして、少しだけ友情が芽生えたりしたのかもね(^ ^)


という訳で、決勝は塔矢行洋VS塔矢アキラという親子の対決になった。
僕等韓国勢としては情けないばかりだけど──でもこの二人の対局には、
とてもワクワクしている。
きっと塔矢行洋も塔矢アキラも、僕等が今までに見たことのない素晴らしい一局を見せてくれるんじゃないかって、本当にドキドキしているよ。
進藤も楽しみに待っていて。

そうそう、塔矢が明日の朝の便で日本へ帰るって言っていたから──もしかして進藤がこのメールを読む頃には、塔矢は進藤の傍にいるんじゃないかな。

彼と、ゆっくりした時間を過ごしてほしい。



それではまた、時間が出来たらメールをするね。


P.S. 本因坊戦という日本のタイトル戦の挑戦権を進藤が獲得した、と日本にいる叔父から聞きました。おめでとう! 僕も頑張らなければ…

進藤、くれぐれも無理はしないでね。




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秀英のメールを読み終えたオレは、ノートパソコンをそっと閉じる。
そして、秀英や韓国棋院の人たちが驚いていたという永夏の悔しがりっぷりを頭の中で想像して、クスクスと笑った。
あのクールでカッコつけな永夏が、一体どんな風にして悔しがったんだろう。
そして対局が終わった後に、塔矢と長い間話していたんだって。
あれだけ仲の悪かった二人が。



やっぱり、囲碁ってすごいな。
囲碁を打つことによって、人と人は結びついていく。繋がっていく。

きっとアイツは──囲碁のそんなところが好きだったんじゃないのかな。





オレはそんなことを想像しながらベッドに横になり、窓の外の青空を見つめた。
ああ、今日もいい天気だ。今日も空は綺麗だよ。


──あの日と同じように。

























──あの日、本因坊戦挑戦者リーグ、第7局。
挑戦者を決定づけるオレと緒方さんの対局は──奇しくも永夏と塔矢の対局と同じく、半目差の勝敗だった。

勝者は──オレ。
たった半目、僅かに生き残ることが出来たオレの黒石は、オレに本因坊の挑戦権を与えてくれた。


ああ、塔矢。
オレ、夢を叶えられるよ──……


そう思った時、オレは再び碁盤の前で倒れ込んでしまった。











次に目を覚ました時は、病院ではなく猛スピードで流れる景色を横に見る車の中。
ふと横を見ると、緒方さんが緊張した面持ちでハンドルを握りしめていた。


「………おが……」
「目が覚めたか。もうすぐで病院に着く」
「………………ヘヘ……」
「何が可笑しい」


オレが息も切れ切れに思わず笑ってしまうと、緒方さんはムッとしたような声で言い返してきた。
オレは呼吸をするのも辛いというのに、心の底から込み上げてくる喜びに、笑うのを止めることが出来ないでいた。
……こんなのってないよなあ。嬉しくて笑ってるのに、笑えば笑うほど身体は痛くて堪らないだなんてさ。
オレはそれでも笑いながら、緒方さんに話しかける。


「……オレ………緒方さんに…勝ったの、初めて…だ」
「ウソをつくな。あの旅館で打った一局を、オレは忘れてないぞ」
「……執念深いな……緒方さん……」


そう言ってオレがまた笑うと、緒方さんはフンと鼻で笑いながら「今頃気付いたのか」といつもと同じ皮肉たっぷりの口調で呟いた。


「そう、オレは執念深いんだ。
 来年、本因坊になったお前に絶対にリベンジしてやる。だから、絶対に勝て」
「ヘヘ……来年かあ……」
「あのクソジジイにも、病気にも」


そんなこと言うなよ、緒方さん。
今度は泣きそうじゃないか。笑うより泣く方が、身体はもっともっと苦しいんだから。

緒方さん、本当に。









「……ありがと………緒方さん……」

















































──そうしてオレは、本因坊の挑戦権を得ることが出来た。
そして塔矢も、塔矢先生と対局をする夢を叶えて、日本へと今日帰ってくる。




















……塔矢、今頃飛行機の中で見てるかなあ。
今日も空は綺麗だよ。

































……──そうだ。
あそこは。



あの場所は、どうなのかな。

あそこの空は、もっともっと綺麗なのかな。


























塔矢……。












































































































「進藤!!」






日も暮れて月が空に昇り始めた頃──塔矢はオレの病室に飛び込んでくるなり大声でオレの名前を呼んだ。
右手に大きなスーツケース、左手には紙袋をたくさん抱えて。
……多分、空港から直行でここへと来たんだろうな。

ホント、しょうがないヤツ。

塔矢。






「塔矢」
「……──進藤」





月明かりを背に浴びながら笑うオレを見て、塔矢は一瞬動きを止めた。
そっか、そうだよな。驚いてるのかな。こんなでっかいマスクしてるし。
塔矢と別れてからまたちょっと痩せちゃったし。びっくりさせちゃったかな。
オレはマスクを取って、もう一度笑顔で「塔矢」と名前を呼んだ。

すると塔矢は、一歩一歩ゆっくりとオレの傍へと近づいていって、オレのすぐ傍に来てオレの頬にゆっくりと触れて──そして。


「進藤……!!」
「塔矢」
「進藤、進藤、進藤、進藤…!!」


塔矢はオレの名前を繰り返し叫びながら、オレのことを力一杯抱きしめた。
あまりの塔矢の力強さにオレは「痛い痛い」と言いながら塔矢の胸に抱かれ、アハハと笑った。
2月のあの日に別れてから──こうして塔矢とゆっくりと会って抱き合うのは、2ヶ月ぶりのことだった。
塔矢はまるでそこにオレがいることを確かめるかのように何度も何度もオレの名前を呼んで、抱きしめ続けた。


そんな塔矢のアツイ包容を、1時間くらい受け続けたのだろうか。
漸く気持ちの落ち着いたらしい塔矢は、あの2月の──「お互いの夢を叶えよう」と約束をした日と同じように、窓に映る月を見つめながらベッドの縁に腰掛け、オレは塔矢の右隣に腰掛けて塔矢の肩に身体を預けた。
塔矢とオレはお互いの手を握りながら、オレ達が夢を叶えるために頑張り続けた「戦果」を語り合った。







「いよいよ、父と同じ舞台に立つ日が来た。小さい頃からずっとずっと繰り返し見ていた夢だった」
「うん」
「漸く僕は──塔矢行洋に挑戦できる」
「うん。オレも、オレもやっと挑戦できる。アイツの名前に挑戦できるよ」
「うん」
「オレも──アイツがいなくなったあの日から、ずっと何度も見てきた夢だった」
































オレ達の、夢。
自分の目指すべき人に、挑むこと。





そして──神の一手を打つこと。











それがオレと塔矢の、二人の夢。




































夢が叶う。
塔矢、オレ達は、夢を叶えることが出来るよ。




































オレ達は、一緒にいる限り、ずっとずっと夢を叶え続けることが出来るよ。






















































「塔矢、一緒に叶えよう、夢を」
「……うん」
「これからもずっと、ずっと一緒に夢を叶えよう」













































































そう言ってオレは、月明かりの下で塔矢にキスをする。
塔矢は静かにオレの唇を受け止めて、そして優しく、オレを労るようにキスをしてくれた。






優しい優しい塔矢のキス。
そして塔矢はオレをそっと抱きしめる。







オレは塔矢の胸の中で、塔矢の鼓動を聞きながら目を閉じる。















































塔矢と過ごす、優しい時間。
この時間は、あとどれくらい続くのだろう。












































































暫くしてから塔矢は、オレを胸に抱いたまま静かに話し出した。


「5月3日に、もう一度韓国へ発つ。5月4日が決勝戦なんだ。
 でもその前に、明日から3日間だけ休みをもらえた」
「本当? 他の仕事は?」
「大丈夫。この3日間だけは、ずっとキミの傍にいるよ」


そう言って塔矢が優しくオレを抱きしめた時──オレの頭の中に、昼間思い描いた場所の青空が、フッと映った。


































































……そうだ、あの場所。
以前、あの場所へ行った時。


「いつかアイツと一緒にここへ来よう」とオレは決めていたんだ。
だけど、結局その約束は果たすことは出来なかった。








アイツと一緒に行くことは出来なかったけれど──でも、オレはあの場所へ行きたい。

もう一度、あの場所へ行きたい。

























オレの大好きな人と一緒に、オレはあの場所へ行きたい────





















































































なあ、いいよな。

塔矢なら、あの場所へ連れて行ってもいいよな。





















































































「……なあ、塔矢。お願いがあるんだけど……」
「……なに?」










































































「今までずーっとワガママだったオレの、人生最大で最後のワガママだ。
 ……聞いてくれる?」



































































































































──そして翌日。













































































オレ達は旅に出る。

アイツがいたあの海へ向けて、オレ達は旅に出る。



























































よく晴れた、雲一つない綺麗な青空。
暖かい春の日。








オレ達はあの場所を目指す。






































































































































オレはずっと忘れない。

二人で過ごした、あの日々を。



































continues to the final act.