11-2





塔矢の誕生日をケーキで祝った夜。
社と塔矢と3人で鍋を食べた夜。
そして塔矢とケンカをして家を飛び出して──秀英、永夏と再会した夜。
永夏と一局打って、初めて見た綺麗な朝日。

塔矢と再会して倒れて──その時に見た、青い空。飛んでいった白い鳥。






そして再び塔矢と再会して、病室でオレ達はただ静かに抱き合った。
塔矢は泣いていた。

塔矢、ごめんね。
































そうしてオレは、暫くの間入院することになった。



入院といっても手術をしたりとかではなく、身体の痛みを押さえるためや、少しでも進行を抑えるために投薬療法をするだけだった。
わかっていたことだった。オレの病気は手術をしてどうにかなるものではないし、とっくに限界に来ている身体はもうどうしようもない。
よくドラマの病気のシーンで「自分の身体のことは自分が一番よくわかるんだ…」なんてセリフがあったりするけど、それって本当だなって思う。
矢部先生もお母さんやお父さんも何も言わないけど、多分オレに残された時間はもうほとんどないだろう。
──多分、あと半年も生きられるかどうか。



塔矢は、知ってるのかな。



塔矢のことは、囲碁が守ってくれる。
囲碁さえ打っていれば、塔矢は絶対に大丈夫。
でも──……。




ねえ、塔矢。

塔矢は大丈夫なの?





とても塔矢にそう聞くことなど出来なかった。











++++++







そうしてオレの入院生活がスタートして2日目のこと。


休暇を終えて大阪に帰ることになった社が挨拶に訪れてくれた。
社には本当に悪いことをした。
東京へ来たこの3日間は一緒に遊ぼうと言っていたのにこんなことになってしまったし、何より社には半年前に重い荷物を背負わせてしまった。
本当に辛い思いをさせてしまったと思う。

社。社、本当に。








「……ごめん」
「何やイキナリ」










オレの座っているベッドの横で塔矢と話していた社は、突然頭を下げたオレに驚いた顔を見せた。
そして「ごめんって何が」と怪訝そうな顔をして聞いてきた。


「……だって。オレ、社に酷いことばかりしたよ」
「酷いこと?」
「半年前…その、大阪に行った時にも迷惑かけたし…。
 今回もせっかく東京に来てくれたのに、オレ…」


オレが至極申し訳なさそうに俯きながら社にそう言うと、社は「あーそういうことか」と軽い口調で言ってボリボリと頭を掻いた。
そしてフーッと大きく息をつくと、ムッと眉間に皺を寄せ、俯いていたオレの額を人差し指でデコピンのように突いた。


「イッテ〜! 何すん…」
「な〜にを今更『ごめん』や! こっちはもう、お前に振り回されるのは十分慣れとるわ」
「………」
「そんな柄にもなくしおらしい顔しとったらな、治るモンも治らなくなるで!」


そう言って社はオレの頭をヘッドロックのように掴み、拳でグリグリとオレのこめかみを押してきた。
オレは「やめろよー!」と言って社の腕の中で暴れる。
すると社は「そんなら次はくすぐり攻撃や!」と言って、ヘッドロックをしたままコチョコチョとオレの身体をくすぐってきた。
社の連続攻撃に堪えられなくなったオレは大きな声でゲラゲラと笑う。
すると、その横でオレ達の様子を黙って見ていた塔矢が「ゴホン!」と大きく咳払いをした。
そんな塔矢を見て社は慌ててオレを解放し、オレも笑うのをやめて乱れた毛布を整えた。


「……いくら個室とはいえ、病院だぞ。静かにしないか」
「す、すんません」
「ごめんなさい…」


社とオレはまるで母親に叱れた子供のように小さくなって、塔矢に頭を下げた。
塔矢はそんなオレ達を見てもう一度深い溜息をつく。
そんな塔矢の様子がなんだか可笑しくなったオレと社は、頭を下げた状態のままクスクスと笑いだし、塔矢の「何が可笑しいんだ!」という声で堪えられなくなり、再びゲラゲラと大声で笑った。

憮然とする塔矢を余所に、暫くオレと笑っていた社は、突然静かで真面目な顔になってオレを見つめる。
オレも笑うのを止め、社を見つめた。


「……ま、何にせよ思ったより元気そうで安心したわ」
「……うん」
「前にもお前には言ったけど…初めから病気になっていい人間なんておらんのやで。
 だから絶対に諦めるな」
「………」
「約束やで」


そう言って社はオレの前に力強く右手を差し出した。
オレは、そんな社の手をそっと取って握る。
社は力強い目でオレを見つめながらオレの手を握った。
社の目と手は本当に力強くて、社はオレと握手を交わすことによって、オレに一生懸命自分の生命力を流し込もうとしているように見えた。

社はその後塔矢とも固い握手を交わして「頑張れよ」と声を掛け、そのまま大阪へと帰っていった。
オレが病室の窓から顔を出して手を振ると、社は何度も何度も振り返ってくれて、見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。









社、ありがとう。


………ごめんね。









++++++




それからも、本当に多くの人が毎日毎日お見舞いに来てくれた。



あかりのヤツは、毎日必ずお見舞いにやって来た。
大分お腹も目立ってきたというのに、「ちょうどいい運動になるからいいの!」と言って毎日必ず何かしらのお土産を持って来てくれた。
あかりが昼間に来て明るい話をたくさんしていってくれることは、随分とオレ自身を助けてくれたと思う。
あかりと話していると、塔矢とはまた別の意味で酷く安心するものがあった。
やっぱり持つべきものは幼馴染みだよな。

あかり、ありがとうな。





それ以外にもたくさんの仕事仲間や友人が訪れてくれた。

オレが倒れて入院していることは、すでに正式に広報されていた。
でもそれはあくまでも「過労による体調不良でしばらく休業」というもので、オレの病気のことなどについては一切広報されなかった。
塔矢に「なんでだろう」と聞いたら、「ファンが病院に押し掛けたり、変な憶測が飛んだりして大変なことになるからだろう」と言っていた。
そうはいっても、やはり仕事で深く付き合っている人や、仲のいい友人達にまで隠し通すことはさすがに厳しくて、仕事関連では天野さんや坂巻さんが動いてくれて、友人達には和谷が伝えてくれた。





和谷のヤツは仕事の合間を縫って、それでも1日置きくらいには必ずお見舞いに来てくれた。
その度に最近の棋院での出来事や行われた対局、囲碁教室でのこと、あかりの定期検診に一緒に行ったことなどを毎日楽しそうにオレに話した。

和谷、ありがとう。
お前には世話になりっぱなしだな。
本当にごめんな。





そして、和谷は必ずいつも誰かを連れてきてくれた。
和谷が見舞いに来た初日──オレが入院して5日目の日には、伊角さんと一緒にやって来た。
伊角さんは、あまりの突然のことに本当に驚いていて、そして「気づいてやれなくてごめんな」と伊角さんらしい優しい言葉をかけてくれた。

伊角さん、ありがとう。
秘密にしていてごめんね。





その次には、奈瀬と飯島さん、そして越智を連れてきた。
奈瀬はオレの顔を見るなり「なーんだ、元気そうじゃない!」と明るい声で笑い、暫くの間いつもの明るい調子で話していたが、帰る少し前には「アンタホントにバカよ」と言って泣き出してしまった。
奈瀬の横にいた飯島さんは現在医大で勉強をしているらしく、「オレが医者になったらお前なんかあっという間に治してやるからな」と言いながら、奈瀬を慰めていた。
越智は「進藤は病気なんかでどうにかなるタマじゃないよ」といつもの口調で言うと、「うちのおじいちゃんが飲んでいる富士山麓で取れる高級なお水で、健康にいいんだ。
仕方ないから分けてやるよ」と言って1ダースも置いていってくれた。
越智らしいや、本当に。

奈瀬、泣かしちゃってごめんね。ありがとう。
越智も、飯島さんも、ありがとう。





それから、冴木さんやしげ子ちゃん、森下先生も来てくれた。
しげ子ちゃんは「徹夜して作ったの!」と言って毛糸で編まれたお守りをくれた。
冴木さんは「入院中に退屈しないように」と色々な本を置いていってくれた。
森下先生は「何で相談くらいしねぇんだ、まったくこのバカヤローが!」とオレの顔を見るなり大きな声で怒鳴った。
だがちょうどそこへタイミング悪くオレのお母さんが入ってきてしまい、怒鳴る森下先生を見て驚いてしまったお母さんに、先生はひたすら恐縮しまくっていた。
そして最後には「必ず戻って来い。そうじゃねぇと許さんからな」と言って力強くオレの手を握ってくれた。

しげ子ちゃん、冴木さん。
そして森下先生。
一緒に囲碁の勉強が出来て良かった。本当にありがとう。
そしてごめんなさい。





他にも、棋院の職員の人たちも来てくれた。
あれ程色々だらしないオレのことを目の敵にしていた坂巻さんは、真っ先にお見舞いにやって来てくれて「自分の身体のことくらいしっかりしなさい」と男泣きをしながら怒ってくれた。

出版部の天野さんもお見舞いに来てくれた。
天野さんとはずっと「秀策全集」の仕事を続けていた。
身体のことがあったから、最初は断っていた仕事だった。執筆が終わるまでに生きていられる自信がなかったからだ。
でもそんな思いとは裏腹に、アイツが一緒にいたという、アイツが好きだったという虎次郎の仕事を形にして残したい、という思いもあった。
ほとんどは覚えていた秀策の棋譜だったけど、またこうして執筆を兼ねて改めて見てみれば、新しいことがわかるかもしれない。
そうしたら、『あの世界』に行った時に、アイツにそのことを報告できるかもしれない。

結局はその思いの方が勝ってしまい、迷惑をかけるかもしれないと知りつつも執筆の仕事を引き受けてしまった。
そして案の定──すべてを書き終える前にオレは倒れてしまった。
オレが担当している部分の原稿はほぼ終わりつつあったのだけど、秀策の晩年の棋譜の執筆を数本残したままだった。

倒れてはしまったけど、今すぐどうにかなるものではない。
病室で書くことだって出来る。
この仕事だけは、最後までやりとげたいんだ。

オレは天野さんにそう伝えたのだけど、天野さんは「そうは言っても、それで無理をさせる訳にはいかないよ」と言った。
そして「執筆は他の方にお願いするから、上がってきた原稿のチェックだけお願いしたいんだ」と告げた。

そんな風に言われてしまっては、オレも迷惑をかけている手前引き下がるしかなかった。
原稿のチェックだけは絶対にさせてくれ、とそれだけは天野さんと強く約束をした。



坂巻さん、天野さん。
最後まで迷惑をかけてごめんなさい。





……虎次郎。
最後まで書いてあげられなくて、ごめんな。










それからさらに10日ほどが経ち、クリスマスも過ぎた頃──緒方さんが来てくれた。
緒方さんは病室に入るなり「随分と偉そうな部屋に入院しているじゃないか」といつもと変わらない皮肉っぽい口調で言った。

オレと緒方さんという人は、不思議と色々な縁があった。
オレ自身に「石を持ちたい」と思わせたきっかけを作った塔矢先生との出会いは、些か強引ではあったけど緒方さんによるものだった。
そして、アイツと最後に碁を打ちきったのも他ならぬ緒方さんだったし、塔矢がオレに初めて「好きだ」と言ってくれたのも、緒方さんのマンションだった。

いつも皮肉や嫌味ばかり言ってすぐに人をからかうような人だったけど、オレは実は結構緒方さんのことが好きだったんじゃないかと思う。
なんだかんだ言ってオレや塔矢にはとても良くしてくれた。
オレが塔矢を好きだと気が付いて崩れそうになった時に、黙って話を聞いてくれたのも緒方さんだった。


何よりも、オレは緒方さんの囲碁に対する真剣な姿勢や熱い思いがすごく好きだったんだ。
そんなこと言ったらきっと怒るだろうな、緒方さん。


「フフ」
「なんだ、気持ち悪い」
「色々思い出してたんだよ。緒方さんとは色々あったなーって」
「……意味深な言い方をするな。変な意味に聞こえるぞ」


変な意味ってなんだよ、変な意味って。
緒方さんにそう聞いたら「アキラくんにはオレのことをそんな風には言うなよ」と怖い顔をして言われた。
そんなことを言いながらも、緒方さんはあかりや塔矢以外の見舞客では最長にあたる3時間半もの間、病室にいてくれた。
特別に何を話すというワケではなく、昔あった色々なことや最近の碁界での出来事、仕事の話などをなんとなく話し続けていた。
そして、さらに凄いお見舞い品を置いていってくれたのだ。

それは──ノートパソコン。
塔矢先生も入院している時に使っていた、ノートパソコン。
その中で、アイツと塔矢先生のあの究極の一局が打たれたのだ。



「……も…貰っちゃって…いいの?」
「どうせヒマなんだろう。だったらネット碁でもやったらどうだ」
「……碁はダメだって言われてるんだよ。精神的に負担が大きすぎるから、もう少し体力つくまでって」
「だったら友達とメールでもするんだな。何にせよ暇つぶしの道具くらいにはなるだろう。
 クリスマスプレゼントだ」


そう言って緒方さんは「まったく世話がかかるヤツだな」と文句を言いながら、セットアップまでしていってくれた。
随分嫌味なサンタさんだよな。

その嫌味なサンタさんは、帰ろうとドアを開けた瞬間にサンタさんが大の苦手としている(らしい)白川先生と出くわしてしまった。
白川先生は笑顔で「よい子の元にはこんな素敵なサンタさんが来てくれるんですねぇ」と緒方さんに言った。
緒方さんは心の底から苦虫を噛みつぶしたような顔をして帰っていった。
白川先生はオレが緒方さんにノートパソコンを貰ったことを言うと「本当に優しいサンタさんですね」ととても優しそうな笑顔で言った。






緒方さん。
緒方さんが何と言おうとも、オレは緒方さんのことが好きだったよ。

本当にありがとう。




ごめんなさい。









+++++++







そして──年が明けて。
オレが入院してからちょうど1ヶ月近くが経った頃、あかりがビックリするようなヤツを連れてきた。

ソイツと直接会うのは、約4年ぶりくらいになる。
過去にソイツとは──ちょっとだけ苦い思い出があった。

オレがソイツのことを、深く深く傷つけてしまったから。


だからもう、会うことなんてないと思っていたんだ。









「………三谷」
「………よう」







そう、三谷祐輝だった。
中学の頃、オレがまだ囲碁部にいた頃に一緒に『打倒海王!』と言って頑張っていたメンバーだった。
その頃のオレはまだ塔矢のことを追いかける術を知らなくて、ただ毎日囲碁部で碁を打って楽しんでいた。
そんな時、ある日「院生」というものの存在を知って、オレは塔矢を追いかけるために院生になる決意をした。
だがその時のオレは、院生やプロ棋士が囲碁部にいてはいけないという規則を知らなくて──結果として、院生を…つまり塔矢を選んでしまったオレは、今まで共に頑張ってきた三谷を裏切る結果となってしまった。
三谷とは中学の3年間でずっとクラスが違ったこともあって、それからロクに口をきくこともなくなってしまい──そのまま卒業してしまったのだ。

三谷はきっとオレのことを恨んでいるに違いない。
怒っているに違いない。
あのまま、謝ることも出来ずに離れていってしまったオレのことを、嫌っているに違いなかった。

そんな三谷が何故、お見舞いに来てくれたのだろう。


三谷やあかり以外にも、金子や津田、それからオレと入れ違いに囲碁部に入ったらしくてオレは名前を知らなかったのだが、夏目と小池という元葉瀬中囲碁部の面々がオレの病室に訪れてくれたのだ。
そんな中でも、一番後でふてくされた顔をしていた三谷に、やはりオレは目がいってしまった。
そしてそんなオレに気付いた金子が、三谷をオレのすぐ目の前へと突き飛ばしたのだ。
三谷は金子に「何すんだよっ!」と怒鳴った後に、酷く気まずそうな顔をしながらオレのことを見た。



「………」
「三谷……」
「……久しぶり、だな」
「来てくれたんだ……」





そう目の前の三谷に言った瞬間、オレの頬を涙が伝っていった。
突然泣き出したオレに三谷はギョッとして、「何で泣くんだよ!」とオロオロとしながらも怒り出した。

だって、だって。

だって。




オレ、ずっとずっとお前に言いたかったことがあるんだよ。





「お、おい進藤。…な……泣くなよ」
「三谷……」
「なんだよ」


オレはベッドに座ったまま三谷に向かって手を伸ばす。
三谷は少し戸惑いながらも、伸ばされたオレの手をそっと優しく取ってくれた。
そしてオレはそんな三谷の腕に縋り付きながら、止まらない涙をおさえることもせずに、三谷に話し続けた。

今までずっとずっと心の奥にとまっていた思い。
お前に伝えたかった言葉。
それが、涙と一緒になってオレの口から零れ続ける。


「三谷、オレ…オレさ。
 お前と……お前と打倒海王目指して……囲碁部で囲碁を打っていて…」
「ああ」
「オレ……オレ、お前と一緒にいて、お前と一緒に囲碁を打っていたあの時が…」
「ああ」


「オレ」




「一番楽しかったよ」





上手く言えたかどうかわからない。
オレの声は涙でみっともなく震えて崩れてしまっていて、三谷はよくわからなかったかもしれない。
でも、いいんだ。たとえ三谷がやっぱり許してくれなくったって、それでもオレはいいんだ。
これだけは言わなくちゃいけないんだ。





三谷。









「………ごめんな」













黙ったまま、オレの身体を支えていた三谷が、低くて静かな声で呟いた。
何が、とは言わない。でもたった一言だけ、三谷は「ごめんな」と呟いた。
そして色々な想いを含んだ茶色い瞳で、オレのことをジッと見つめた。








何で先に言っちゃうんだよ。
バーカ。








でも、オレ達はきっと、同じ想いを抱えて今まで4年間を過ごしてきたんだね。
そう思っていいってことだよね、三谷。













三谷、来てくれてありがとう。


































そして、ごめんね。












++++++

















それからしばらく経って、1月も終わる頃。
倉田さんが大きな身体を揺らして「ヤッホー」と言いながらやって来た。
そしてお見舞いに持ってきてくれたメロンを自分で切って自分で食べながら、倉田さんはオレに話しかけた。



「この間、塔矢と話したんだ」
「え?」
「北斗杯の時のお前のこと」



──そう。
事の発端は去年の第3回北斗杯。

その前の年に病気が再発して、その後ゆっくりと、でも確実に具合が悪くなってきていたオレは、第3回の北斗杯の直前に倒れてしまった。
その時、たまたまその場にいたのは倉田さんだけだったのだ。
驚いた倉田さんは、オレを病院まで連れて行ってくれて、そしてオレの身体のことを知った。
でも親にも塔矢や社にも内緒にして欲しいと頼んだオレの気持ちを倉田さんは酌んでくれて、そのままオレを支えながら北斗杯へと出場させてくれた。
その後も、唯一オレの身体のことを知る存在となってしまった倉田さんは、普段の仕事の時もさりげなく「大丈夫か」と声をかけてくれたし、第4回の北斗杯でやっぱり具合が悪くなった時にも、倉田さんはオレとの約束を守ったままオレを助けてくれたのだ。
倉田さんにもオレは、本当に迷惑をかけてしまったと思う。

そんな倉田さんが、この間塔矢と話したという。

毎日お見舞いに来る塔矢は、そんなことは一言もオレには言わなかった。


「あれ? 塔矢から何も聞いてないのか?」
「……うん」
「あ、そう。ふーん…。ま、塔矢にも色々考えがあるんだろ」
「……あの、塔矢…何か言ってた?」


オレが倉田さんの顔色を窺うようにして聞くと、倉田さんはメロンを食べていたスプーンを銜えながら「うーん」と首をひねった。


「オレ、塔矢に『進藤との約束のために、お前にウソついてた。ごめん』って言ったんだ」
「………」
「そしたら、ただ『ありがとうございました』って言ってた」
「………」
「そんなことで怒ったりするようなヤツじゃないだろ、塔矢のヤツは。
 そんなの、お前が一番よく知ってるだろ」


そう言いながら倉田さんはメロンの皮が透けてしまうのではないかというくらいに、メロンをしつこくほじくって食べていた。

……倉田さんは、本当にマイペースで我が道を行く!というような人だったけど、本当に大切なことや、物事の本質をしっかりと掴んでいる、オレにとって一番身近な「大人」の人だった。
オレの身体のことを知っても、驚かずに、そして今までとほとんど変わらずに接してくれたのは倉田さんだけだった。











倉田さん。
本当にありがとうございました。

そして、ごめんなさい。




























































そんな倉田さんは、帰り際にある一言を残して去っていった。
それは、オレが今まで酷く気にしていたことだったけど、どうしても聞くことの出来なかった一言だった。






































































「最近、塔矢のヤツ、ちょっと調子を落としてるみたいだな」







「負けてはいないから勝率には響いていないけど、前みたいな力強さがない」







「まあ、でも無理はないか。お前に付き添いながら勝ってるんだもんな。大したヤツだぜ」






















































































塔矢。








塔矢は、大丈夫なの?



































































































塔矢。