11-8.5











「塔矢」










病院に着いた僕が進藤の病室へ入ると、彼は珍しく上体を起こしていて、僕の顔を見るなり声を弾ませて僕の名を呼んだ。

久しぶりのことだった。
あの日──二人で外出して、戻ってきてから彼が倒れて──「死にたくない」と言って泣いたあの日から、彼の具合は悪くなる一方だった。
毎日病院へ訪れてもグッタリと横になっていて、見せる笑顔も交わす言葉も少なくなっていたのだ。
そんな彼が、身体を起こして笑顔で僕を迎えてくれている。本当に久しぶりのことだった。
何かあったのかな。それとも今日は体調がいいのかもしれない。
彼の呼ぶ声に僕は笑顔で返し、コートを脱いで彼のベッドの傍らの椅子に腰を下ろした。

その瞬間──今日起きた、様々な出来事が僕の頭の中を駆け抜けていく。



国際棋戦に参加しないかと持ちかけられたこと。
その棋戦には父も参加するのだということ。
公式で父と対局出来る──僕の夢を果たす、最初で最後のチャンスかもしれないということ。



でも、僕は。




いつの間にか俯いていた顔を上げて、目の前のベッドに座る進藤の顔を見る。
進藤は何かを言いたげな目をして、僕のことをジッと見つめていた。


いいんだ。これでいい。
僕がいるべき場所は、今は碁盤の前ではないのだ。
彼の傍にいるとこんなにもホッとする、心安らぐ自分がいるじゃないか。
キミのためじゃない、僕は自分のために、囲碁を打つことよりもキミの傍にいることを選んだのだ。






僕はキミの傍にいる。
キミの傍にいるよ、進藤。



キミの傍に────











「塔矢」



彼の呼ぶ声で我に返った僕は、慌てて顔を上げて「なに?」と返事をする。
すると彼は、先程までの明るい表情から一転して真剣な表情になって、僕のことをジッと見つめていた。
僕が首を傾げて彼を見つめると、彼は一瞬自分の唇を噛んだ後、静かに口を開いた。


「……今度、韓国で新しい国際棋戦があるんだって?」
「──」


どうして、それを。
週刊碁にでも載っていたのか? いや、棋院の役員たちはまだ「決まったばかりのことだ」と言っていた。
まだマスコミなどに情報は行っていないはずだ。
ではどこから?
僕の中に次々と浮かんでくる疑問を余所に、彼は言葉を続ける。


「永夏や秀英、……それから塔矢先生も参戦するんだって?」


彼の静かで真剣な声に、思わず僕は身体をビクリと揺らしてしまう。
だが彼は変わらずに真っ直ぐな瞳で僕を見続けている。
そんな彼の瞳と目を合わせられなくなった僕は、彼から目を逸らして「そうなんだ、
知らなかったな」と何事もなかったように呟いた。
声は震えていなかっただろうか。わざとらしいところはなかっただろうか。
僕は彼に気付かれないようにして息を吸い込み、俯いていた顔を上げて笑顔で彼を見つめる。
だがそんな風にして取り繕われた僕は、彼の一言で一瞬にして崩れ去ってしまった。





「ウソつき」






彼はそう言った後に唇をグッと噛み、訴えかけるような瞳で僕を見つめた。
そう言われた僕は──今度は目を逸らすことも出来ず、ただただ彼の瞳に射抜かれて喋ることさえ出来なかった。
そんな僕に、彼はフウと息をついた後に静かに話しかける。

「今日、棋院のお偉いさんから打診されたんだろ? その棋戦に参戦しないかって」
「……なんで、それを」
「今日、芦原さんがお見舞いにきてくれて。教えてくれた」


……芦原さんが?
それ程進藤と親しい訳でもない芦原さんが、何故ここへ来てそんなことを彼に言うんだ?
いや、理由なんて今はどうでもいい。とにかく芦原さんが今日ここへ来て、国際棋戦のことをすべて進藤に話してしまったことは事実だ。
僕が参加を打診されたことも。恐らくそれを断ったことも。
こんなつもりなかった。進藤にこのことは決して言うつもりなんてなかったのに。
もしも彼が知ってしまったら、きっと自分のせいで僕が参加しないのだと彼が思ってしまうことはわかっていたから。
芦原さんだって、少し考えればそれくらいわかるはずだ。
わかるはずなのに、なんで、こんな。


「……なんて、ことを」


心の底から怒りが込み上げてきてしまった僕は、右手で目と額を覆ってフーッと大きく、ゆっくりと息をつく。
その吐かれた息には、どこにぶつけたらいいのかわからない僕の中の怒りが充ち満ちていた。
僕は怒りで蹌踉けてしまいそうになる身体を支えながら進藤の傍を離れ、ソファーにドカリと音を立てて腰を落とした。
進藤はそんな僕に小さな声で「塔矢」と声を掛ける。
だがとても返事など出来ない僕は、手で顔を覆ったままもう一度「なんてことを」と呟いた。

「塔矢」
「僕に……黙って……勝手に進藤に……。なんてことを!!」

抑えきれない怒りに任せてそう怒鳴った後、ダンッと大きな音を立ててソファーテーブルを叩く。
その拍子に、ソファーテーブルの上に置かれていた小さな花籠がパタリと小さな音を立てて横に倒れた。

見慣れない花籠。
黄色い花で埋め尽くされた綺麗な小さい花籠。
恐らく芦原さんが進藤の見舞いに、といつものあの脳天気な顔で持ってきたに違いない。
そして言わなくていいことまでベラベラといつもの軽い調子で進藤に喋ってしまったのだ。





なんでなんでなんでこんな。
なんでこんな。





なんで、こんなこと。








怒りで目の前が真っ赤に染まり、何も見えなくなってしまった僕は勢いに任せて目の前にあった花籠をグシャリと鷲づかみにして立ち上がる。
僕の掌の中で花たちがグシャグシャと音を立てて潰れていく。
そんな僕に驚いた進藤の「やめて!」と叫ぶ声が聞こえる。
だがそんな声で止まることの出来ない僕の怒りは、そのまま花を掴んだ手を天井に向かって高々と上げさせ、その勢いのまま花を床へと叩き付けてしまった。
バシッと大きな音を立てて床に叩き付けられた花は、ヒラヒラとその花びらを散らした。
驚きと悲しみで凍ってしまった進藤と、怒りを止めることの出来ない僕の間を、ヒラヒラと花びらが舞っていく。
ハアハアと肩で息をする僕を進藤は酷く悲しそうな瞳で見つめ、崩れていくのを堪えるような震える声で呟いた。


「……なん…で…」
「………」
「塔矢……なんで……こんな……」


進藤はゆっくりと身体を動かしてベッドから降り、僕の足下で無惨な姿となってしまった花たちを震える手でそっと拾い集めた。
そして全ての花を拾い終えると、悲しそうな瞳でジッと僕を見つめる。

彼の悲しみ、僕の怒り。
グチャグチャになってしまったこの感情を、僕は一体どうしたらいい。
何も答えることの出来ない僕に、進藤は泣くのを必死に堪えるかのような小さな声で尋ねた。


「……塔矢」
「………」
「なんで、断ったの?」
「………」
「小さい頃からの夢だったんだろ? 塔矢先生と戦うの」
「………」
「……オレがいるから、断ったの?」
「僕は!!」








「僕は、今の僕は1秒でも長くキミの傍にいたいんだ!
 囲碁を打つとかそんなことよりも、僕はキミの傍にいたいんだよ!」

























僕はキミの傍にいたいんだ。
神様が許す限り、ずっとずっと。





ねえ、進藤。
わかって。

僕の気持ちをわかって。














僕はキミの傍にいたいんだよ。






















「……塔矢」


進藤は小さな声で僕の名を呼ぶと、固く拳を握っていた僕の手を取りベッドの傍へと連れて行く。
そして僕をベッドの縁に座らせると、進藤はその右隣へと同じように腰を下ろした。
僕等の目の前にある大きな窓からは、丸い月が静かに病室を照らしている。
進藤はそんな月を見つめながら、そっと口を開いた。


「……ねえ、塔矢。囲碁のこと「そんなこと」だなんて…そんな風に言っちゃダメだよ」
「………」
「オレ達は今まで囲碁を打ち続けてきたから、どんな時でも囲碁をずっと打ってきたから、
 ここまで来れたんだよ」


進藤はゆっくりと、まるで子供に言い聞かせるかのような優しい声で僕に語りかける。
何も言わずに黙っている僕に進藤は笑いかけると、再び言葉を続けた。


「オレは囲碁を打ってたからお前と出会えたんだし、お前を好きになることだって出来たんだよ」
「………」
「お前だってそうだろ? 囲碁があるからオレのこと、好きなったんだろ?」
「それだけじゃない! 僕は…!」


彼の言葉に思わずムキになって言い返してしまった僕を見て、進藤は「わかってるよ」
と笑いながら言った。
その笑顔はとても柔らかくて──本当に優しい笑顔だった。


「お前の気持ちはもちろんわかってるよ。
 でもどんなに理由をつけたとしたって、もう囲碁を抜きにしては考えられないんだよ、オレ達は」
「………」
「それ程、オレ達にとって囲碁はかけがいのない大切なものなんだよ。
 だからどんな事情があったとしたって、囲碁のことをそんな風に考えちゃダメだよ」
「………」
「囲碁のことを蔑ろにしたり、捨てたりしたら。オレ達、二人してダメになっちゃうよ」


進藤はそう言って再び柔らかく笑うと、固く握りしめられていた僕の拳の力を解くように、優しく僕の指を一本一本伸ばしてくれた。
その彼の手の温もりに、先程まであれ程の怒りに荒れ狂っていた僕の心は、静かな水面のように落ち着いていく。
怒りが、僕の中に巣喰う醜い感情が、パラパラと音を立てて剥がれ落ちていく。
そんな風に様々な感情が剥がれ落ちて真っ新になった僕の口から、本当に素直な言葉が零れるようにして落ちていった。


「……キミが…倒れた時。
 高永夏は僕に対局を申し込んだ。キミへの気持ちに決着をつけるために。
 僕はそれを受けた。キミが目の前で倒れたというのに。僕は囲碁を取ったんだ」
「うん」
「その時、高永夏に言われた。
 『お前はどんな時でも囲碁を選ばなければならない罪深き人間だ』って」
「………」
「だから、僕が囲碁を打つことによって……
 囲碁は、僕からキミを奪ってしまうんじゃないかって、僕は……ずっと不安で…」


僕が俯きながらそう話すと、進藤は「なんで?」と不思議そうな声で僕に尋ねた。
彼のあまりに素っ頓狂な声に、僕は俯いていた顔を上げて思わず彼を見つめる。
すると彼はキョトンとした顔をしながら首を傾げ、本当に不思議そうな顔をしながら僕に話しかけた。



「なんで囲碁を選ぶことが罪深いことなの?」
「だって、キミが倒れたのに、僕は…」
「オレの傍にいないで囲碁を打ってたから? それは違うよ。
 塔矢、囲碁を打っていれば、オレ達は離れていたって繋がってるんだよ。
 オレ、あの時病院にいて、お前が棋院で囲碁を打ってるって聞いて、嬉しかったよ。
 塔矢が囲碁を打っていて良かった、って思ったんだ。ホントだよ」 



月の光を浴びながら、笑顔で楽しそうにそう語る進藤を、僕は目を丸くして見つめる。
こんな風に、楽しそうに囲碁を語る進藤を見るのは久しぶりだったから。
そう、まるで──まだ彼が元気だった頃のような──……

そんなことを考えながら黙ったまま彼を見つめる僕に、進藤は「ねえ、塔矢」と語りかける。


「オレ達にとって、囲碁って大切なモノだろ?
 その囲碁を選ぶのは、選ばなければならないのは、罪深いことなんかじゃないよ。
 むしろ嬉しいことだよ。だって、それってつまり、囲碁の神様に愛されてるってことなんだもん」
「……囲碁の……神様?」
「うん。囲碁の神様は、塔矢のことが大好きなんだよ。
 だからどんな時でも、塔矢に囲碁を打たせてくれるんだ」
「……僕に…囲碁を…」
「すごいことだよ! 塔矢」


進藤は満面の笑顔で声を弾ませながらそう言うと、ベッドに置かれていた僕の手を取って握る。
そして嬉しそうな声でアハハと笑いながら、握った僕の右手を上下にブンブンと振り回した。
暫くそうしてから、進藤は僕の手を握ったまま今度は酷く優しい顔になって僕を見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「だから……今度の韓国の棋戦だって、きっと囲碁の神様がチャンスをくれたんだよ。
 お前と塔矢先生が戦う、お前の夢を叶えるチャンスをくれたんだ。
 囲碁の神様はお前が好きだから。
 それを、無駄にしちゃダメだよ」





酷く優しい声だった。
まるで……まるで囲碁の神様が、進藤の身体を借りて僕に話してくれているかのような。
そんな優しい声だった。

僕はそんな彼を見つめながら、そっと尋ねる。





「…………キミは?」
「え?」













「キミも、囲碁の神様に愛されてるの?」















僕のその問い掛けに、進藤はピタリと身体の動きを止める。
それはほんの一瞬のことだったのかもしれないけれど──真っ直ぐに僕を見つめる彼の瞳が、月の光を浴びながらユラリと僅かに揺れたような気がした。
だが本当にそれは一瞬で、すぐに彼の瞳は輝きを取り戻し、彼は笑顔で「そうだなぁ」
と呟いた。


「オレは……オレはどうかな。今度聞いておくよ」
「え?」
「囲碁の神様に」


そう言って進藤はエヘヘと笑う。
それは一体どういうことなの、と尋ねても、進藤はその問いには答えずにただニコニコと笑っているだけだった。
……こうなってしまった彼には、いくら尋ねても埒が明かないことは百も承知だ。
僕がフウと息をつくと、進藤は僕の顔を覗き込みながら再びエヘヘと笑った。

「なあ、どう? 国際棋戦、参加してみる気になった?」
「………」

僕が答えを迷っていると、進藤は大きな声で「大丈夫だって!」と僕の背中を叩いた。


「大丈夫だよ、塔矢。お前が韓国行ってる間、オレ、絶対にいなくなったりしないから」
「……え?」






「オレ、復帰することにした。来週の本因坊リーグから復帰する」








思いがけない進藤の言葉に、僕は一瞬意味がわからなくて頭の中で何度か彼の言葉を反芻する。
暫くそうしてから漸く意味が理解出来た僕は、思わず「ハァ!?」と大きな声を出してしまう。
そんな僕の反応が予想通りだったらしい進藤は、してやったりといった表情でニッと笑って言葉を続けた。


「まあ復帰っていっても、体力的な問題もあるからな。
 本因坊リーグだけに対局は絞るつもり。この辺は棋院と相談だけどな」
「そっ……そんなの無理だ!」
「だってさあ、お前だって塔矢先生と打って夢を叶えて──前へ進んでいくんだろ?
 だからオレも前へ進むんだ。お前と一緒に」


明るい声でそう言い放つ進藤に、僕はただただ口を開けて呆然と彼を見つめる。
進藤は「そんな呆れたような顔するなよー」と言いながら楽しそうにアハハと笑った。


「矢部先生には相談した。ホントはまだダメだけど、どうしても、ってお願いした。
 対局がない日は治療や体力作りに今まで以上に頑張るって約束してさ。
 そしたら、いいって。応援してくれるって」
「………」
「今日もさ、夕飯全部食べたんだぜ! …あとで、ちょっと吐いちゃったけど。
 でも、そう決めた途端いつもより全然体調がいいんだ。単純だよな、オレも。
 最初からそうすれば良かったよ」


進藤は声を弾ませてそう言うと、本当に楽しそうにアハハと笑った。
そして笑い終わった後──表情は一転して、真剣な顔つきになる。
そう、それはまるで碁盤を前にしている時のような──久しぶりに見る『棋士・進藤ヒカル』の表情だった。



「オレは勝ち上がって、たとえ這ってでも絶対に本因坊の挑戦者になる。
 もう決めたんだ。オレは絶対にもう後ろなんて向かない」

「………」

「だってもうそんな後ろなんて向いている時間はないんだよ。
 残ってる時間が決まってるなんて、逆にわかりやすくていいよ。
 その間にオレはオレの出来ることをする」

「………」

「後悔がないように最後まで生きるんだ。
 死にたくないとかそんなことを思うよりも、あとどれくらい囲碁が打てるか──
 『進藤ヒカルの碁』をどれくらい残すことが出来るかを、考えたい」

「………」

「そしてオレは神の一手を打って──『目的』を果たす」




月の光を浴びながら真っ直ぐに前を向いてそう話す進藤の姿は──本当に強くて、そして美しかった。
迷いのない瞳。真っ直ぐに前だけを、自分の『目的』だけを見つめる目──棋士の目だった。















ああ、そうだ。
真っ直ぐに前を向いて囲碁を打つキミ。


僕はそんなキミを、そんなキミだから、好きなったんだよ。














僕はキミが好きだよ、進藤。








































キミが囲碁を打つというのなら──今僕が出来ることは、もうたった一つしかない。



































「……わかった。僕も、棋戦に参加する。お父さんに──塔矢行洋に一人の棋士として挑む」
「うん。オレもアイツの──本因坊の名に挑戦する」
「……ああ」
「頑張ろうぜ、一緒に」






そう言って進藤は握りしめた拳を僕の前に突き出す。
僕も同じように拳を握りしめて、進藤の小さな拳にコツンと自分の拳を当てた。
──不思議と心は穏やかだった。あれ程ささくれ立っていた心が、ウソのように静まり返っていた。







ああ、囲碁を打つというのはこういうことなのかもしれない。
僕の心に平安をもたらしてくれるもの。
僕の愛する人を守ってくれるもの。

きっと、それが僕にとって「囲碁を打つ」ということなのかもしれない。
20年近く囲碁を打ってきて、初めてわかったような気がした。














──確かめたい。
僕が掴んだ「囲碁」を塔矢行洋と打つことによって僕は──僕も、神の一手を打つんだ。

















僕は、僕等を照らす丸い白い月を真っ直ぐに見つめる。
進藤も同じように月を見つめている。
僕はそっと進藤のその綺麗な横顔を見て、彼に話しかける。


「……進藤。一つだけ約束してくれ」
「うん?」
「絶対に無理はしない、と」


僕が真剣な声でそう言うと、進藤は呆れたように「お前ってホンット心配性だなー」
と言って笑った。
僕が思わず「キミがすぐ無茶ばかりするからいけないんじゃないか!」と怒ると、さして反省もしていないような調子でエヘヘと笑った。
そして──彼は再び優しい声になって、僕に語りかける。






「大丈夫だよ。…離れていても、オレはお前の傍にいるから。
 囲碁を打っている限り、オレたちは大丈夫だよ」
「………」
「オレ達には囲碁の神様がついてるんだから」







優しくそう言う進藤に、僕は丸い月を見つめながら答える。








「……僕も会いたいな。囲碁の神様に」
「そっか。……伝えておくよ」







進藤は月を見つめながら僅かに瞳を潤ませ、そしてゆっくりと僕の肩へともたれ掛かった。
その進藤の温もりはとてもとても温かいものだったけれど──骨の当たる身体のあまりの軽さと儚さに、僕の胸は痛い程に締め付けられた。





























ああ。泣きそうだ。
でも僕には泣いている暇なんてない。












囲碁を打って前へ進むと決めたんだ。約束したんだ。
彼と。






























































だから、僕は泣かない。





























































そう決意を込めて僕は、抱きしめるかわりに彼の小さな手を強く握った。