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12-6
海岸で夕陽が沈んでいくのを見届けた僕等は、そのまま因島にある宿泊先のホテルへと向かった。
海岸ではあれ程元気そうにしていた進藤も、タクシーに乗り込むなりグッタリと僕の方へと身体を傾けてしまい、ホテルに到着して部屋へと向かうのにも、僕の支えがなければ歩けない程の状態になってしまっていた。
なんとか部屋に辿り着き、ベッドへと彼を運ぶ。
僕に支えられながら漸く横になることが出来た進藤は、「ごめんな」と小さな声で言ってフウと大きく息をつき、そのまま目を閉じてしまった。
……最後に残していた力を振り絞って。
漸くここまで来たけれど、やはり相当な無理をしていたに違いない。
元気そうに振る舞ってはいたし、実際彼自身も楽しかっただろう。
だが身体が良くなっている訳ではない。体力はほとんど無きに等しかったのだ。
無事に連れて帰ると、彼のご両親や矢部先生と約束をしたのに。
彼の横たわるベッドの脇に座り、落ち込んで俯く僕の髪に何かがフワリと触れる感触がした。
驚いて顔を上げると、横になっていた進藤が右手を伸ばして、優しく僕の頭を撫でてくれていたのだ。
僕が「進藤」と呼び掛けると、彼は窓から入る月明かりを浴びながらニッコリと笑った。
「大丈夫だよ。そんな顔するなよ」
「でも」
「心配性だなあ」
そう言って彼はフフと笑い、何度も何度も僕の頭を撫で続ける。
そんな進藤の右手を僕は静かに取り、両手で握ってその顔を見つめた。
顔色は悪いが、彼は病院にいた時よりもずっと穏やかな表情をしていた。
彼をジッと見つめる僕の瞳を見て進藤は笑い、視線を僕よりも遠くの方へと移す。
その大きな瞳には──恐らく僕の背後にある窓の外に見えるのであろう、綺麗な月の姿が映っていた。
ザザザ、ザザザ。
海辺に建つそのホテルに、夜の波の音が響く。
明かりを点けぬ静かなその部屋で波音を聞きながら、進藤はゆっくりと口を開いた。
「綺麗だな……お月様」
「……うん」
「波の音も……綺麗」
「……うん」
「秀策とアイツも……この景色を見ていたのかな」
──秀策と『アイツ』も。
静かに響く波音と共に進藤のその言葉を聞いた時、僕の心はまるで海の上に浮かんでいるかのように酷く穏やかな気持ちに包まれた。
そしてその穏やかな気持ちのまま──僕はゆっくりと口を開き、彼に尋ねる。
「ねえ、進藤」
「うん?」
「聞いても、いいかな」
「……うん」
今まで彼と出会って7年以上もの間、何度も何度も僕の心の奥底に浮かんでは消え、再び浮かんでは僕の中で決着をつけて納得をし、封じてきた──あの事を僕は彼に尋ねた。
「……キミの言う『アイツ』って……saiのこと?」
自分でも意外な程に、酷く穏やかで素直な気持ちの中から出ていった言葉だった。
以前の僕なら、彼が答えてくれるまで追いかけて掴まえて、そして無理矢理問い詰めていただろう。
だが今は違う。
彼がこの質問に答えたくなければ、それでもいいと思った。
何も答えてくれなくても、僕のこの言葉を聞いてくれるだけでもういいと思った。
それでも最後に一度だけ──静かな波音と優しい月明かりの下で、とてもとても穏やかな気持ちで。
一度だけ、僕は彼に尋ねたんだ。
すると、彼は。
僕の言葉を聞いて穏やかな表情で微笑むと、横になっていた身体を起こし、慌てて起き上がる手助けをした僕へとゆっくりと身を預けた。
彼の身体を受け止めながらベッドの縁に腰を下ろした僕は、僕の肩へと頭を乗せる彼の表情を覗き込む。
先程と同じように、空に浮かぶ月を見つめ続けていた彼は、微笑みながらゆっくりと口を開いた。
──僕の問いに、答えるために。
「アイツはね」
「オレの大切な人」
「オレに、命を与えてくれた人」
「囲碁を教えてくれた人」
「大好きだった人」
「そして、オレが消してしまった人」
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