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02-3
「北斗杯が終わるまで、すっげー忙しかったじゃん?
オレとか、今年入ってからなんか全然休みなくて。あ、お前もそうだけど。
お前の方がもっとそうか。
でもさ、もう5月だぜ? 5月。
で、北斗杯終わったらさ、ちょっと休もうかな、とか。
すっげー前から考えてたの。北斗杯終わったら休もう休もうって。
5月なったら、5月なったら、って。
別に何するとか、外国とか行くとか、
そーゆーの決めてたワケじゃなかったんだけど。
5月だしさあ。
で、休みになって、なんか、5月だしさ。家にいるのもなんかアレじゃん?
ちょっと青春18切符とか買っちゃって。
西に向かって行ってみよう!みたいな感じで。
5月だしね。
で、西といえば社かなあ、とか思って。
そうそう、アイツん家行った? アイツ、春高校卒業したじゃん。
マンション借りてんの。狭いけど。イキナリマンション。すっげーよな。
あー、なんかみんな独立とかすんのな。
伊角さんもさあ、ああ、伊角さんは今はカノジョと住んでっけど。
和谷ももういい加減アソコから引っ越すとか言ってたしさ。
もうちょっと広いトコにすんだって。
まー、そーだよな。5月だしさ。
にしても今日暑いなー。5月だからかあ? 5月ってこんな暑かったっけ?」
「つまり」
「うん?」
彼はペットボトルの蓋を開けると、一口水を飲んで、再び閉めた。
「もともと5月になったら休むつもりでいたんだな」
「うん」
「……」
「何で? 駄目だった?」
彼は、大きな目で僕の顔を横から見上げる。
違う。
駄目とかそんなことではない。駄目とか。
「何か」
「うん」
「何か…、その。まあ、僕はあまり関係ないのかもしれないけど。
でも、その。一言。
長い休みを取るなら、一言。言ってくれても」
「でもお前関係ないじゃん。しばらくお前と当たる予定ねえし」
「か」
待て。待つんだ。
ここで感情を切らしてしまったら何もかもお終いだ。
16日間も堪えたじゃないか。これくらい(の仕打ち)どうってことはない。
ゆっくり。ゆっくり。
そうだ。深呼吸(心の中で)。
ゆっくり。この彼に感情に任せて物事を喋って、今まで良かったことなど一つもない。
大概お互いに言いたい事だけ言って譲らないままその場で解散してしまうのがオチだ。
ゆっくり。ゆっくり。穏やかに聞くんだ。
「うーん。でもまあ、社からお前がオレのことすごく心配して
電話かけてきたって聞いてさ。
それは悪かったと思ってるよ。
ヘンな心配かけちゃってさ。ホントごめん。
まあ、そんなワケでオレ大丈夫だからさ。
お前も安心して仕事がんばれよ」
ちょっと待て。ちょっと待つんだ。
僕はまだ何も言ってないぞ。何も聞いてない。
何勝手に一人で会話を終わらそうとしているんだ。何勝手に解決してるんだ。
何だそれは、もしかしてもう僕の用は終わったから東京に帰れというのか。
冗談じゃない。
「あーそれにしても暑いなー、今日。5月ってこんなんだっけ?」
「東京には…」
「え?」
「東京には帰らないのか? まだ」
「…あー」
うーん、まだ休み10日以上あるしな〜と暢気な声を出しながら彼はボリボリと頭を掻いた。
その様子だと、帰る気はあまりないな。
僕は今日しか時間がない。明日も、明後日も、当分仕事が入っていて動く事はできない。
今日。というか今だ。
今捕まえておかなければ。
また彼はふわふわと逃げて行ってしまう気がした。僕の手の届かないところまで。
あーいい天気だなーと暢気そうに見つめるその空の向こうまで、フワフワと飛んで行ってしまう気がしたのだ。
ザワザワと公園の木々が風に煽られて強い音を立てる。
僕の心も。
ザワザワと強い不安に駆り立てられていく。
駄目だ。絶対にここで彼を捕まえておかなければ駄目だ。
もしここで逃してしまったら、僕は一生後悔するような気がする。
大袈裟なんかじゃない。絶対にそうだ。
何故そんなことを思うのか、よくわからない。
僕の、本能がそう告げているのだろうか。
それとも誰かに取り憑かれでもしたのだろうか。
だとしたら。僕に今、誰か取り憑いているのならば。
お願いだ。
一緒に彼を引き止めてくれ。
お願いだ。
今は誰も座っていないはずの小さなブランコが、まるで誰かを乗せているかのように、
キイキイと再び小さな音を立てていた。
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