02-6










「……落ち着いた?」
「うん。ごめん」



進藤は僕のハンカチを水で濡らし、目を冷やしていた。
つい1時間程前まで座っていたベンチに、結局また戻って来てしまった。
相変わらず、公園には誰もいなかった。


なんとなく沈黙が落ちる。
僕は何を話せばいいのかわからず、彼が先刻コンビニで買った雑誌をパラパラとめくる。
僕が以前酷いインタビューをされた女性誌で、ぎこちない笑顔の僕が大きく載っていた。

進藤はベンチの背もたれに頭をあずけ、腫れ上がってしまった目の上にハンカチを乗せたまま、ふーっと大きな息をついた。


「……心配かけちゃったかな」
「え?」
「おかーさん…」


掠れた声でそう言うと、彼はスンと鼻をすすった。

「…そうだね。後できちんと連絡を入れよう。
 きちんと話せば、大丈夫だよ」
「…いやだな。心配かけちゃうの」


うん。だから、これからはね…と僕が言おうとした時。
彼は突然目の上のハンカチを取ってガバッと起き上がり、僕に向かって言った。




「オレ、オレも家出よーかな」

「はあ!?」



思わずベンチから身体がずり落ちてしまいそうになる。
一体、先程までスンスン鼻をならして泣いていたかと思ったら、何を急に突拍子もないことを言い出すんだ。
話の脈絡がまるでない。
今までの話の流れから、何を、どういう理由で、どう論理付けたらそのような解答が得られるんだ君の頭は。


「そうだ、そうしよう!」

おい、コラ。一人で盛り上がるな。
僕をおいていくな。

「そうだよな。そうすれば、お母さんもヘンな心配とかしなくていーじゃん!
 あー、もう何で最初に気がつかなかったんだろー!」
「ちょっ…」
「え?」


おい。まだ目も鼻も真っ赤だぞ。
なのに何だその全開の笑顔は。
キミの感情のスイッチはどこについていて、どういう状態でいつ作動するんだ。

「何、塔矢」
「ちょっ…ちょっと、待て」
「何が」
「何で…何を…何をどうしたら、そういう結論に」
「だからあー、もう鈍いな塔矢は」

キミにそんなことを言われる筋合いはない。そもそも鈍いのは…いや違う、今僕が話し合いたい論点はそこではない。

「だから、オレがきちんと独立してさ、
 一人でも生活していけますよーってところをお母さんに見せればさ、
 お母さんもそんな無駄な心配とかしなくて済むじゃん!」

いや。多分その方がよっぽど心配すると思う。

「超名案だと思わねえ?」
「……独立…って、出来ると思っているのか? キミが」
「はあ? 何だよ、それ。
 どーゆー意味だよっ」
「独立っていうのは、ひとりで暮らすということだぞ。
 出来るのか、キミが」

何だよそれーっと、ますます彼は膨れ上がる。
本当に意味が分かって言っているのだろうか。頭が痛くなってくる。

「朝ごはんも、昼ごはんも、夜ごはんも、キミが自分で作るんだぞ」
「別に作らなくたって、コンビニとかでいーじゃん」
「そんなことで栄養がとれると思っているのか!
 それに、食事の支度だけじゃない。部屋の掃除も、洗濯も、買い物も、全部自分でするんだぞ。
 仕事をしながらだ。わかっているのか?」
「平気だって。和谷とかだって出来るんだから。
 オレにも出来るって。チョー余裕」

和谷くんとキミは全然違うだろう。

「それだけじゃない。ゴミも自分で出すんだ。
 風呂が汚れれば風呂掃除、トイレ掃除も自分でやるんだぞ。
 それも全部仕事をしながらだ。
 全部自分で出来ると思ってるのか」
「まー、最初は大変だろーけど、でも慣れるって。
 社だってやってんだぜ? 全然イケるって」

だから、自分と他人を比較するのは止めろ。キミは誰とも比較対象にはならない。

「…その。断言していいか」
「は? 何を?」



「絶っっっっっっ対に、無理だ!!」



僕の声が、人気のない公園中にこだました。