02-8







「遅い!」と玄関で仁王立ちしていた社をそのまま無視して、進藤は自分の荷物をひったくるように持つとそのまま社の家を出て行った。
「ちょ、ちょい待てお前らぁ!」と社が背後で怒鳴っていたが僕は安普請なのにいいのだろうかと思いつつ、「すまない! 着いたら連絡するから!」と叫んでズンズンと力強い足取りで前を行く彼の後を追った。

大阪駅に着いて(僕が)切符を買い、新幹線が来るのを待つ。

そうか。今から東京に帰るのか。
彼と一緒に。



良かった……。




途中からおかしな展開になってしまった感は否めないが、とにかく彼が自分から今日東京に(僕と)帰ると言ってくれた。
本当に良かった。
僕は達成感と充実感と疲労感でなんだかグッタリとしてしまった。
本当に良かった。これで彼を心配していた人たちも、とりあえずホッとしてくれるだろう。

そういえば。


「何?」
「使っていいよ」


携帯電話を彼に差し出す。
いるだろう。君が一番最初に連絡しなければならない人が。

「お母さんに連絡しろ」
「……あ、そっか…」

伝えておかなきゃな。
そう言って彼は僕の携帯を使って実家へと電話をかけた。
ああ、本当に良かった。
僕は充実感に満ち満ちて、家に電話する彼を見守りながら自動販売機で買ったお茶に口をつけた。


「あ、もしもしお母さん? オレ」

2週間も連絡をとらなかったくせに、随分暢気な口調だな。

「〜〜〜っ! わかったってば! 悪かったよ! あんまり大きな声出すなよ!
 ……うん。うん。…うん。本当にごめん。ごめんなさい」

どうやら随分怒られているようだ。当然だろう。

「うん。今から帰る。
 あ、でも不動産屋さん寄ってくから。ちょっと遅くなるかも」

そうか。帰るか。本当に良かった。
不動産屋さんに寄って行くのか。
………。
……ん?

「え? ああ、オレさあ独立することにしたから。え?
 そうそう。それで家探すの。すぐ引っ越すから。
 え?何? 聞こえないよ」

新幹線がホームに滑り込んでくる。
間もなくして、発車のベルが鳴り響く。

「ああ?う電車きちゃったから乗るね!
 え? だーいじょうぶだって! 塔矢もいるから!
 じゃね!」

ブツ。



新幹線のドアが閉まる。
はい、サンキューと携帯を手渡された。


今。今最後に何て言った?
不動産屋に行く。
いや、それも大問題だが、それよりもう少し後。

『塔矢もいるから』




「…あの」
「ん?」

席を見つけて座るなり、早速睡眠体制に入ろうとしている彼に話し掛ける。

「…僕もいるから…って何が」
「は?」
「その、さっきお母さんへの電話で」
「だって、お前が連絡しろって言ったんじゃん」
「は?」

だから〜、とようやく先刻の涙の腫れの引いてきた目を眠たそうにこすると、座席に深く腰掛けながら僕を見上げた。

「黙って色々するなって。お母さんには一言言えって。
 だから電話かしてくれたんだろ?
 独立するって報告しろって」
「違っ…あれは、『今から帰る』って意味で」
「『独立する』つったらお母さんが騒ぎ始めたから『塔矢もいるから』って言ったの。
 お母さん、お前のこと、なんつーの? 真面目な好青年みたいなさ。
 そんな風に思ってるから納得するかなって思ってさ。
 それに言ったろ! お前にオレのダンコたる決意を見せてやるって!」




……。
…………。
……………………。


僕の脳はついにフリーズを起こしてしまったのか、上手く彼の言った言葉を理解できないまま、彼は僕の横でフースカと気持ち良さそうな寝息を立てて眠り始めてしまった。
そのまま放置された僕はとりあえず脳が再起動するのを待つがごとく、呆然としたまま座席に浅く腰掛けていた。

大阪と東京とはこんなに近いものだったろうか。

結局僕の脳は再起動しないまま東京駅に着いてしまい、「やっぱり棋院の側だよな」
と彼は僕を引っ張って市ヶ谷のとある小さな不動産屋に「こんにちはー」と乗り込んで行った。