アイツと暮らし始めてわかったことは。

塔矢は本当に真面目で律義で神経質で頭が良くて几帳面なヤツなのだ。
何もかもがオレと正反対だった。

不真面目でだらしないオレは、毎日塔矢に怒られていた。







それでもオレは、毎日塔矢と一緒にいられて楽しかったのだ。





















ねえ、塔矢。

聞いてる?






























innocent world


act.03







































「お前、シャンプー変えた?」

休憩室で一緒に昼飯を食べていた和谷が、人の頭を急に掴んでクンクンと犬のように鼻をならした。
和谷の鼻息がこそばゆくて、何だよとオレはブンブンと頭を左右に振る。
オレの頭から離れた和谷は、今度はじっとオレのことを睨んできた。

「な、なんだよ」
「……お前。塔矢のシャンプー使ったろ」

ああ、そういえば。
昨日風呂に入っていて、オレの使っているシャンプー(マツモトキヨシで特売のヤツ)が切れていしまい、買い置きも無かったので仕方なく(一応断わりを入れて)塔矢のシャンプーを拝借したのだった。
今日は帰りにマツモトキヨシに寄って帰らなきゃな。
それにしても和谷、鼻いいなー。

「和谷、犬みたい。それかジミー大西」
「は?」
「鼻よすぎ」

アハハと向かいに座っていた冴木さんと伊角さんが笑う。
和谷は怒り出して、今度はぐしゃぐしゃとオレの頭を引っ掻き回した。

「ヤ! やめろよっ!」
「だーれがジミーだ! 誰だってわかるっつーの!」

え、そうかな。そんなにこのシャンプーって匂い強いかな。
確かにオレが使っているような安物とは違って(塔矢は実家から持って来たのだが、行きつけの美容院さん(あの髪型をキープしている店だ)に頼んで買っているようだ)、手に取っただけですごく滑らかで、頭皮に垂らすとすごく気持ちよくて、雑なオレがいつもよりやたらと丁寧に頭を洗ってしまった程だ。
アイツのサラサラの髪はこうして保たれている訳か。アイツの秘密の一端を見た気がして、何だか楽しかった。

でもこのシャンプー、使っている時はすごくいい匂いだなと思ってたんだけどな。違うのかな。
オレは少し不安になって、自分の髪の毛を掴んでクンクンと匂いをかんだ。
そんなオレの様子を見て、冴木さんが笑いながらオレに言った。

「大丈夫だって、進藤。別に変な匂いとかじゃないから。
 そうだな。なんていうか、『塔矢の匂い』なんだよな」
「ああ、そうそう、言われてみればそうだな」

と伊角さんも言う。
へえ。
そうか、『塔矢の匂い』か。

「だからなんかムカつくんだよっ!」

と言って、和谷は増々オレの頭を引っ掻き回した。

「もう! 和谷ー!」
「和谷、止めてやれよ。進藤が可哀想だろ」

そう言いながらも顔が笑ってるよ、伊角さん。
まったく、みんなして人をからかってさ。『塔矢の匂い』の何がいけないんだよ。

「それにしてもそういうのを見ちゃうと、
 本当に進藤は塔矢と一緒に住んでるんだなあ、って実感するな」

顎に手を当て、しみじみと冴木さんは呟いた。
なんだよ、もう。一緒に住み始めて2ヶ月は経ってるんだぞ。
そんなに不自然かなあ、オレたち。

「…お前さあ、何で塔矢と一緒に住もうだなんて思ったんだよ」

まあそれは塔矢にも言えることだけどさ、と言いながら和谷がオレの頭をかき回すのを止めて言ってきた。
何で?
…なんでだろ。
確かきっかけは、

「うーんと、オレが独立しようって決めた時にさあ、塔矢がたまたま一緒にいてさあ。
 アイツもまだ実家だったし、なのにオレのこと『独立なんて無理!』とか言うから。
 だから出来るってとこを見せようとした…
 ってのが最初だったかなあ?」

あやふやな記憶を辿る。
確かあの頃はまあ色々あったせいもあるけど、ちょっと頭に血が登ってて勢いで決めちゃった感もあるから、よくは覚えていないんだけど。
でも、結果的にはアイツと住んで、いつでも好きな時にアイツと打てるようになって、すごく良かったけどねっ
と、和谷たちに伝えた。

和谷はよくわかんねーなまったく、と言いながら煙草を吸いに席を立ってしまった。
何だよ、人に聞いておいて失礼なヤツ。
冴木さんは冴木さんで、塔矢も苦労が絶えないなとかよくわからないことを言いながら和谷と一緒に喫煙所に行ってしまった。

残された伊角さんはお茶を一口すすると、進藤も飲むかと言って、ポットから注いでくれた。
何だ進藤半分以上弁当残してるじゃないか、夏バテか? 塔矢が心配するぞ、と言いながらまた伊角さんはお茶をすすった。
オレは和谷にメチャクチャにされた『塔矢の匂い』のする自分の髪を手櫛で整えながら、ボンヤリと暑そうな外を眺めた。

今日は30度を超えるとか天気予報で言ってたっけ。




いい天気だった。