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03-4
夢を見た。
久しぶりに、あの夢だった。
オレは昔から、夢を見ていて「ああこれ夢だな」とか夢の中で「ああこれこの前も見た夢だな」など、現実と混同することなく分かることができた。
今見た夢は、あの夢だった。
あの夢を見ると、オレは起きた後とても晴れ晴れとしたようないい気持ちになる。
だから、あの夢を見たあとの対局は大概勝つことが出来たし、碁以外でもいいことが起こることが多かった。
あの夢は、オレの『夢』でもある。
オレが心の底から希望していることを、神様が夢の中だけ叶えてくれているのかもしれない。
決して、叶うことはないとわかっているから。
リビングで棋譜を並べていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
音の消えたテレビが、電気のついていない薄暗い部屋の中で青白い光りを放っていた。
…今、何時だ…?
深夜1時を過ぎていた。
ああ、ヤバイ。
こんな格好で窓も開けっ放しで、棋譜並べをしていてソファーの上でうたた寝をしてました、なんて塔矢に知れたらまたすごい怒られる。
12畳程あるこのリビングは、食卓以外にソファーとソファーテーブルをテレビの側においていた。
食卓よりも、オレと塔矢はこのソファーテーブルで打つ事が多かった。
碁盤は碁会所などにもある折り畳み式のヤツで、碁石もプラスチック製の安物だった。
引っ越してすぐにオレが買って来たのだ。
これなら持ち運びも簡単だし、どこだっていつだってお前と打てる。
そう思ったから。
単純な理由だった。
オレも塔矢ももちろん自分の碁盤と碁石は持っていた。
きちんとした足付きで、碁石もプラスチックなどではない、本物の。
でも、オレ達はまだ互いの碁盤で打った事はない。
オレもあの碁盤で塔矢と打った事はなかったし、塔矢の碁盤でオレも打った事はなかった。
特に理由はない。
ただ、ただ。
ただなんとなく。
なんとなく、今は自分達の碁盤で相手と打つ気にはなれなかったのかもしれない。
そんな気がしていた。
ていうか。
そういえば塔矢。
どうしたのだろう。帰って来た形跡はない。
塔矢の部屋の明かりは消えたままだ。
そもそも帰って来ているとしたら、ソファーで何もかけずに寝転がっているオレを塔矢が放っておくはずがない。
もう終電もとっくに終わっている。どうしたのだろう。
今まで何の連絡もなしにこんなに遅くなることなどなかったのに。
オレは慌ててリビングの電話の留守電と自分のケータイの履歴とメールを確かめた。
連絡があった形跡はなかった。
どうしたのだろう。
何かあったのだろうか。
律儀で真面目なアイツが連絡を入れて来ないなんて、よっぽどのことだ。
もしかして、連絡したいのに出来ない…とか。
何か、事件とか事故に巻き込まれたとか。
よくない想像ばかりがオレの頭の中でどんどん広がっていく。
どうしよう、どうしよう塔矢。
どうしよう。
もしこのまま塔矢が帰ってこなかったらどうしよう。
碁。
今日まだお前と碁、打ってないよ。検討だっていっぱいしたい。
打ちたい。
打ちたいよ、塔矢。
なのに塔矢、どうして帰って来ないの。どうしよう。どうしよう。
そうだ、電話をかけてみよう。
塔矢。塔矢。
塔矢。
ピンポーン。
オレが塔矢のケータイにかけようとしたその瞬間に薄暗い室内にチャイムが鳴り響いた。
塔矢! 帰って来た!
塔矢!
塔矢!
走っていってドアを勢いよく開ける。
そこにいたのは。
「こんな深夜に、確認もせずにドアを開けるのはどうかと思うがな」
「…緒方先生」
と。
「お前宛に届けものだ」
そういって渡されたものは。
「塔矢…?」
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