なんとかリビング中央まで塔矢を引きずってくる。

寝ている人間ってずいぶん重いんだな。力が入ってないからだろうか。
塔矢先生はとても背が高いけど、塔矢はそれより小さい。何より細い。
特に運動とかしたことなさそうだもんな。
……ホント、オレって塔矢のこと何も知らないな。一緒に暮らし始めて随分経つのに。
そんな話もしたことなかったっけ。
オレはそーゆーの、チョコチョコと話してはいたけど。塔矢のことを聞いたことはなかった。

それに、塔矢が本当に話したいことって、そーゆーことじゃないんだろうな。


『アキラくんは、本当のお前を知りたがっている』


緒方先生の言っていたことを思い出してしまった。

オレが2週間姿をくらましている間、塔矢は本当に必死にオレのことを捜しまわったらしかった。
そして社のところでオレを見つけて、一緒に帰って来た。

もともとそのつもりだった。
塔矢がもしオレのところに来たら、最初から一緒に帰るつもりだったのだ。

でも塔矢は、その後オレに何も聞いてはこなかった。
何故黙っていなくなったのか。
何故社(正確に言うと違うんだけど)のところへ行ったのか。
何故棋譜を燃やそうとしたのか。
きっと気になって気になって仕方ないはずなのに。
オレを問いつめるようなことは決してしなかった。

きっと、オレのために。
オレために聞くのを我慢しているのだろう。



『お前ほど残酷になれん』



そう、緒方先生。
オレは残酷だよ。塔矢の優しさに甘えてるんだ。
塔矢の優しさにつけ込んで、自分の『目的』を果たそうとしてる。


塔矢。
でも、オレは──



そんな考えに気を取られ過ぎていたせいか、足下に注意がいかなかった。


「あっ!!!」



床に放り投げてあった(これも塔矢はすごく怒るんだけど)自分のリュックに足をとられ、後ろ向きに転びそうになる。
ヤバイ!! 塔矢が! 塔矢が!
なんとかその場は踏ん張ったものの、それでもさすがに二人分の体重を支えきることは出来ず、二、三歩後ろに後ずさったあと今度はソファーにぶつかった。
さすがに、それは堪えられず。

「うわっっ!!!」

塔矢ごとオレはソファーにダイビングしてしまった。
ソファーの上に置いてあったクッションや雑誌がバサバサと派手な音をたてて床に落ちた。


「いつつ……」
「………ん………」

オレの上でうつ伏せになっている塔矢が、家に帰って来てから初めて声を漏らした。
オレは心配になって、なんとか上半身だけを塔矢の下から這い出て、ソファーの手すりに背をあずけて塔矢の顔を覗き込んだ。

「塔矢、塔矢」

長い髪が塔矢の顔を隠していて表情が見えない。
どこか痛くしてないだろうか。気持ち悪くなったりしてないかな。
そんなことを考えていた時。

急にもの凄い力で引っ張られて、オレの身体はソファーの上に沈められた。
その時オレは、いくら柔らかいとはいえ油断していたところに突然予想外の力でした
たかに背中と後頭部をソファーに打ち付けられ、思わず目に薄く涙が浮かんだ。

「いて〜……。塔矢、お前」

何するんだよ。そう続けようとした時。
今日初めて塔矢と目があった。






塔矢の瞳は、今までに見た事のない色を宿していた。






「塔矢」



思わず声が震えてしまう。
どうしたんだろう、塔矢。怒っているのかな。
ただ酔っぱらって寝ぼけているだけ?
違う。違うよな。
オレ、また何かしたかな。
塔矢。


「塔」
「キミは」


「キミはやっぱり、ここにはいないんだな」