03-7








「…いない…って…?」
「キミの、気持ちはここにはいない」



いないって、どういう意味?
オレの気持ち?

オレは意味がわからなくて、塔矢の身体の下になりながら目を泳がす。
どこを見たらよいのかわからなくて、でも塔矢の顔はとても見ていられないような気持ちなって思わず目線をソファーテーブルの方へ向けた。
さっきまで、オレが棋譜を並べていた碁盤が目に入った。
ぎり、と力強く塔矢の手がオレの手首を握りしめるのがわかった。いつの間にか両手を取られていた。

「痛い、塔矢」
「何故だ」
「……?」
「何故僕じゃない」
「何を」

塔矢が何を言っているのかわからなくて、オレは目線を恐る恐る塔矢へと戻す。
塔矢は、いつもの力強い目でオレを見下ろしていた。

「キミはもう誰の気持ちもいらないと言った。
 もう誰も背負えないと」

それは、さっきオレと緒方さんが話していたことだったはずだ。

「お前、聞いて」
「……それは」
「…塔矢?」
「それは、今すでにキミの中には別の誰かの強い想いがあるからだ」


「そして、それは僕じゃない」


オレの手をより一層強く握りしめると、塔矢は顔を伏せた。
長い髪が再び塔矢の顔を隠した。




オレの中にはすでに、別のひとがいる。
だから他のひとを入れることは出来ない。


でも、でもそれは──



「どうして!!」



急に大きな声を目の前で出されて、オレは思わず目を見開いた。
塔矢は、小さく震えていた。
怒りに震えているようだった。


「塔」
「どうして僕じゃない!!」


塔矢。


「どうして僕じゃないんだ!
 今キミの傍にいるのは僕だ! キミと打っているのは僕だ!!
 キミと一緒にいるのは僕だ!!」

塔矢。
そんなのわかってるよ。

「この棋譜はなんだ」

塔矢はそう震える声で言いながらソファーテーブルの上の棋譜を指差した。

「…黒は…キミだな。……この白は誰だ」

塔矢、それは

「誰と打っていた?僕のいないところで? 僕以外の誰と打っていたんだ」

塔矢、塔矢。

「いつもそうだ。キミは僕を見ていない。僕を通して違う誰かを見てる。
 それがこの棋譜の白だ。
 キミの中にいる僕じゃない誰かだ」

塔矢、違うよ。


「誰だ?」
「塔……」
「…その誰かが、キミの中にいる限り、キミは僕を見ない。
 僕に近付いてくれない。
 キミの心は、ここにはいない」

塔矢。でもオレは


「………消して」
「塔矢?」




「キミの中にいるその誰かを、消してしまいたい」









「やめろ!!!!!」










塔矢は目を大きく見開いて、オレを見つめた。
オレは、塔矢の言葉を聞いて気が動転して、何を自分で言っているのかもよくわからなくなっていた。


消すなんて。
消すなんて言わないで。

オレの中にいるアイツを見つけることが出来たのはお前だけなんだ。
そのお前が「消してしまいたい」なんて。
そんなこと言ったら、アイツはどこへ行けばいいの?
どうすればいいの?
オレはどうすればいい?

オレは。オレは。
オレは。


「……っ…」
「進藤」
「…………うっ…」
「何故泣く」


塔矢はそう言うと、それまで力任せに握りしめていたオレの手首を解放した。
思わずオレが手で顔を覆い隠そうとした時、塔矢の長い髪と綺麗な顔の方が先にオレの顔の上に覆いかぶさって来た。

オレの目尻に、塔矢の唇が優しく寄せられる。
それから少しして、塔矢の唇とオレの唇が、知らない間に一つになっていた。



しばらくしてから、塔矢は唇を少しだけ離して、涙を流すオレの目を見ながら言った。






「僕は」


「僕はずっとずっと前から」


「ずっとずっとずっとキミの事が好きなのに」