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ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
ピピピ
カチッ
………眩しい。
……朝?……何時………?
………7時…
……………。
今日…今日は?
……てあいじゃない…てあい……
しゅざい…ちがう
えーと……きょうは…なんようび……
ああ…眩しい。
早く。
早く、早く起きて、朝ご飯作って…
進藤を起こさなきゃ…
進藤…
進藤
進藤
『塔矢』
「!!!!!!」
ガバッとベットから跳ね起きる。
その拍子にゴトリ、と何かが音を立てて落ちた。
携帯電話だ。
そんなことよりも。
なんだ。
なんだ、今のは。
すごい映像を見た(ような気がする)。
進藤が。進藤が。
…ぬ、濡れた瞳で。
涙を流しながら。
はっ……だかで。ズキズキ。
僕の。ズキ。僕の名前を…ズキズキズキ。
僕の名前を………ズキズキズキズキズキズキ。
……頭が痛い……。
なんだ、この頭痛は。
今までに経験したことのないような頭痛が僕の頭を襲っている。
風邪…とかではない。とにかく頭だけが異様に痛い。
まるで大きな除夜の鐘を1秒の間に108つ打たれているようだ。
痛い。痛い。
そういえば心なしか身体も痛い。節々がなんとなく痛い気がする。
胃も重たいような。
その割には何だかとてもスッキリしているような。
?????
痛む頭を抱えながら、部屋を見渡す。
いつもと変わらない僕の部屋。
カーテンがピッタリとは閉じられてなく、朝日が部屋に差し込んでいる。
眩しいと感じたのはコレか。
…おかしいな。いつもならこんな中途半端な閉め方はしないのに。
クローゼットに目をやる。
スーツが掛けられていた。
でも、それは肩の線やらズボンの線やらは何もかも無視されていて、とりあえず「引っ掛かっている」というような状態で。
特にズボンが異様なまでにしわくちゃだった。
ああ、これはクリーニングに出さなければ。
……でもおかしいな。僕はこんな掛け方はしない。そもそもこんなにズボンが皺になること自体おかしい。ありえない。
ズキズキズキズキ。
「いたたた…」
頭を抱え込んで、思わず前のめりにベッドに向かって突っ伏しそうになる。
その時になって、ようやく僕は自分の格好に気付いたのだ。
「うわああああああっっ!!」
ズキズキズキズキズキ。
自分の叫び声がダイレクトに頭にこだました。
痛い。
痛い痛い痛い痛い。
なんで。
なんでなんでなんでなんで。
なななななんでぼくは、ぱ、ぱぱぱパンツ一枚で。
な、何も着ないで寝ているんだ。
ありえない。ありえない。絶対にありえない。
僕が。この僕がこんなことやるはずがない。
僕以外の人間がやったとしか思えない。
僕以外の人間が。
…僕以外の。
この家で、僕以外の。
「進藤っっ!!!」
未だかつてないスピードでズボンを履いてYシャツを羽織り(おそらくここまでの時間約17秒)シャツのボタンを止めるのもソコソコに、今までのありえない自分の行動の数々に関係していると思われる人物の名前を叫びながら部屋を飛び出す。
カーテンはすべて綺麗に開けられていて、電気はついていないものの朝日が差し込んだリビングはひどく明るかった。
いつもならとても清清しい光景のはずなのに、今日は爽やかな朝日すら頭に痛い。
まだ寝ているのか。
それはそうだ。まだ7時過ぎだ。
手合いがある日でも、彼が起きてくるのは早くても8時だ。
……朝から何を一人で騒いでいるんだ、僕は。
ふう、と大きな溜息をついて、ふと彼の部屋へ目をやった。
扉が開いていた。
慌てて彼の部屋へ駆け込む(普段は相手の許可なくお互いの部屋へ入ったりはしないのだが、この時は我を忘れていた)。
相変わらず雑誌やら鞄やらが散乱しているものの、きちんとカーテンは開けられベッドは整えてあった。
いない。
「進藤」
リビングに戻り再び彼の名前を呼ぶ。
「進藤」
返事がない。
いない。
この家にいない。
いない。
「進藤がこの家にいない」
そう認識した時。
一気に血の気が全身から引いていくのを感じた。
春先の、進藤が突然姿を消したあの時のことが急に鮮明に頭の中に蘇り始める。
あの時のこと、というよりも。
あの時に僕が味わった、「進藤がいなくなってしまうかもしれない」という恐怖にも似た感情が、一気に色を持って僕の頭の中に流れ込んで来たのだ。
「………っ……うっ」
思わず口元を押さえる。
何か得体のしれないものが身体の奥底から僕の口元へ向かってせりあがっていく。
ズキ。
ズキズキズキ。
進藤。
進藤進藤進藤進藤。
思わず蹌踉けて、リビングの食卓にガタリと音をたてて倒れ込みそうになる。
すると、テーブルの上にある1枚の小さな白い紙が目に飛び込んできた。
─────────────────────
塔矢へ
オレ今日から碁聖戦だから長野いってくる。
明日対局で、あさっての夕方くらいに帰る。
いうのおそくなってごめん。
それと、たぶんオマエ頭いたいだろうから
このクスリ飲め!
あんま酒飲みすぎんなよ
バーカ
─────────────────────
彼のミミズの這ったような文字の横に、白い薬の箱が置いてあった。
これは、前に彼が二日酔いで頭が痛いと騒いだ時に僕が買ってきたものじゃないか。
ヘナヘナ…
というような効果音がまさにぴったりといった感じで、僕はその場に座り込んでしまった。
そうか…
碁聖戦…
確か最終局だ。2勝2敗同士で…倉田さん相手に。
そうだ。そうだった。
彼がいなくなるわけないじゃないか。冷静に考えればわかることだ。
何を僕は一人でこんな朝から早とちりして騒いで……
…二日酔い?
昨日……昨日、そうだ。緒方さんと久しぶりに棋院でお会いして。
「飲みに行かないか」というから何でだか忘れたけど僕はいいですよとお返事して。
最初は緒方さん行きつけのお寿司屋さんで食事して、その後、また緒方さん行きつけのバーに移動して、
その後……
その後の記憶がない。
一体僕はどうやってここへ帰って来たんだ。
いや、待てよ。そもそも進藤が僕の二日酔いを知っているということは昨日進藤には会ったということか。
いや、待て待て。進藤に会った。進藤に会ったということは、やはり僕の部屋のカーテンが雑に閉められていたりスーツがめちゃくちゃに掛けられていたのも全て進藤がやったということか。
………。
…………いや。
いや、待て待て待て待て待て。僕は起きた時どんな格好をしていた?
ぱ、パパパパパパンツ1枚じゃなかったか?
そ、そそそそそそそそそれもし、ししししししし進藤が。
酔っぱらった僕から、スーツを抜がして、ベッドに運んで。
し、進藤が。
進藤が。
………………。
………………………なんて事を……………………。
僕は………なんて事を。
しかも、よりによって明日から初のタイトル戦最終局に挑むという大切な時期に僕はなんという事を。
………………………………………………………………最悪だ。
………………………………………………………………最低だ。
僕の方がよっぽど迷惑をかけているじゃないか。
なんて言って進藤に謝ればいいんだ。
いや、そんなことより一体どんな顔して会えばいいというんだ。
最悪だ。最低だ。
対局に、囲碁に影響が出てしまう可能性があるようなことをするなんて。
ズキズキズキズキズキズキ。
…痛い。
頭が痛い。
そもそも。
そもそもなんでそんなになるまで僕はお酒を飲んでしまったのだろう。
…緒方さんは? 緒方さんは覚えているだろうか。
………。
進藤が置いていってくれた薬を一粒取り出して、冷蔵庫から水を取り出し流し込む。
水の冷たさが、再びズキズキと頭に響く。
冴木さんという森下九段門下の人の昇段祝いの時に、進藤はしこたま酒を飲んでベロベロに酔っぱらって帰って来たっけ。
「と〜〜〜や〜〜〜」とか言いながら真っ赤な顔をして彼を送って来た和谷四段の前で僕は抱き着かれたりして玄関先で右往左往した覚えがある。
次の日の朝になって、進藤は頭が痛いだの気持ちが悪いだの騒いで大変だった。
「人に迷惑をかけるような飲み方をするな」と叱ったな。
「ごめんなさい」と珍しく(頭が痛かったせいもあるだろうけど)進藤は僕に謝った。
………進藤。
………………ごめん。
僕は………
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
僕の部屋から目覚ましの音が再び響きだした。
ああ、そういえば解除していなかった。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
部屋へ目覚ましを止めに行く途中、ふとソファーに目をやる。
気のせいだろうか。
ソファーとソファーテーブルが少しずつ昨日よりもずれているような気がする。
ソファーテーブルの上に、仕舞い忘れた白い碁石が一つぽつんと置かれていた。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ
目覚ましがまだ鳴り響いている。
まるで何かの警告音のようだ。
痛む頭の片隅で、僕はぼんやりと白い碁石を見つめながらそんなことを考えていた。
innocent world
act.04
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