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04-04
「ああ」
送られてくるFAXを見ながら、天野氏は思わずといった感じで声をあげた。
その他の出版部の人たちも、感嘆の声をあげたり呟いたり。
「決まったかな」「祝賀会用にもう何人か長野にまわすか?」「会見って明後日だよな」などと、ボソボソと話しているのが聞こえた。
僕は、何枚もあるFAXを見ながら彼の手筋を追い続けた。
これは。
この棋譜は。
「なんというか……」
そう言いながら、天野氏がFAXを片手に僕が座っている出版部の応接用のソファーに腰掛けた。
そして、僕に最新のFAXを手渡す。
僕は再び彼の手筋を追う。
天野氏は煙草を1本取り出して火をつけると、フーッと溜息のように紫煙を吐き出した。
「どうしちゃったのかねえ、進藤くん」
「……」
「彼らしくないなあ」
「……」
「何か言ってなかったかい? 出かける前の日とか」
「…前日は…彼に会ってないものですから…」
そうかあ、と天野氏は再び紫煙を吐いた。
「天野さん!!」
若い出版部員がFAX用紙を持って走りながら叫んだ。
「決まりましたよ! 中押しです!」
「決まったか!」
天野氏はそう言って煙草を銜えたまま立ち上がり、最新のFAXを受け取って棋譜を確認すると、テキパキと部員達に指事をした。
部員たちが散り散りになりながら「思ったより早かったな」「会見、盛大になるだろうな」などと話す声が聞こえた。
バタバタと慌ただしい音が去った後に、天野氏は再び僕のいるソファーに戻ると僕に最後の棋譜を手渡した。
フーッと大きな溜息をついて、再び煙草を取り出しながら天野氏は呟いた。
「……碁聖戦ってヤツは7大タイトルの中じゃ、一番小さなタイトルだ。賞金も一番低いしね」
「……」
「でも、僕は好きだ。本因坊、棋聖と同じくらい好きだな」
「……何故です?」
天野氏は煙草の煙りを吐き出すと、楽しそうにフフっと笑った。
「名前がいいよね」
「は?」
「『碁聖』。カッコイイじゃない。『聖なる碁打ち』ってさ」
「…まるで神様みたいですね」
「そう、一番小さいのにね。でもさ」
テーブルの上に散らばったFAXを順番通りに並べながら、天野氏が言った。
「囲碁の神様、本因坊秀策も『碁聖』って呼ばれていたしね」
…秀策、か。
秀策。
秀策。
もしかして。
天野氏が突然「あ」と大きな声をあげてFAXの束を置く。
「もしかして、だから進藤くん、どうしても取りたかったのかな、碁聖」
「え」
「ほら、彼秀策のこと好き…っていうか、なんだかすごくこだわってるじゃない」
「……」
「だからこんな打ち方までして、どうしても勝ちたかったんじゃないかな」
そう言って、天野氏は再び彼の勝利が決まった最後のFAXを見つめていた。
結果は、進藤の中押し勝ちだった。
これで進藤は初のタイトル『碁聖』を得ることになる。
でも。
でも、これは。
そう、今回の進藤の棋譜はいつもの進藤『らしく』ない棋譜だったのだ。
いつも彼は、棋譜をとても大切にする。
大雑把でだらしない普段の彼とはまったく違って、とても繊細で美しい棋譜を残す。
相手の感情、考え。それに対する進藤の答え、感情、考え。
『石の流れ』をとても大切にした。
どんな大一番でも、相手がどんな格下だとしても。
そんな進藤の棋譜が好きだ、という人は大勢いた。
現にここにいる天野氏もそうだし、僕もそうだった。
プロ棋士以外にも、一般の人々にも大勢いた。矢部先生なんかもその一人だ。
それが、今回の碁聖戦の棋譜は。
とにかく『勝ち』にこだわったような打ちまわしだった。
『石の流れ』など関係ない。
とにかく相手より一つでも地を多く。
相手が少しでも早く投了するような強引な打ちまわし。
天野氏が言うように、確かに秀策に少しでも関係のあるこのタイトルがどうしても欲しかったのかもしれない。
でも、だったら尚のこといつもの彼なら棋譜を大切にしたがるはずだ。
今までの4局は、勝っても負けてもすべて素晴らしい棋譜だった。
相手は倉田さん。
「この人となら、綺麗な棋譜が作れるから」といつも言っている程、進藤の好きな相手だ。
でも、これはまるで。
まるで、少しでも早く勝って終わらせてしまいたいかのような。
…………早く。
…………早く終わらせたかったのか?
大切な棋譜を捨ててまで。
……何故?
その時。
僕と天野氏の二人しかいない出版部に電話が鳴り響いた。
「あー、はいはい」と言いながら天野氏が電話を取りに席を立ち上がった。
「はい、日本棋院出版部です」
…早く終わらせたかった? 棋譜を諦めてまで?
一体何故……
「なんだって!?」
突然の天野氏の大声で、思考が現実へと引き返される。
天野氏が焦った様子で、電話の向こう側の会話を聞いている。
「わ、わかった。
とりあえず、事務局には僕の方から伝えておくから!
じゃあ、東京には明日戻ることになるんだな?
…うん、……うん、よし。
じゃあ、また何かあったら連絡をくれ!」
そう言って受話器を置くと、天野氏が強ばった顔で僕の方へ振り向いた。
何かあったのだろうか。
「塔矢くん!」
慌てて僕のいるソファーまで走ってくる。
「進藤くんが!
進藤くんが、対局が終わった後倒れたって……!」
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