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04-06
その後、しばらくの間真っ赤な顔のままだった僕に進藤が「せっかく病院にいるんだから診てもらえよ」と診察室に引っ張っていかれそうになったが、大丈夫だからと言ってなんとか押し留まらせた。
「ラーメン食って帰りたい」などとのたまう進藤に僕はバカかとまた説教をして、無理矢理タクシーに押し込めて家へ連れて帰った。
進藤が倒れた原因は『急性胃炎』とのことだった。
要するに、腹痛だ。
彼が言うには、対局前からなんかおかしいなとは思っていたが、いざ始まってみるととにかく腹が痛くてたまらなくなり、トイレにも行ったが腹痛はおさまらず、早く終わらせようと強引な打ちまわしをしたらしかった。(まあその状況であの倉田さんに勝ったのだから、実際大したものなのだが)
対局後、やっとこれで安心してトイレに行ける…と思った瞬間に気が抜けてしまい、その場で倒れてしまったらしい。
あー、気がついたら救急車の中でさー、マジびっくりしたよ〜と彼は帰りのタクシーの中でのほほんと笑った。
………。
僕は再びこめかみを押さえる。
寝不足の頭がズキズキと痛む。
なんとか痛む頭をおさえて、ようやく声の出るようになった口を開く。
「……原因は?」
ああ、と彼は少し目線を泳がせて、僕の顔をチラリと見ると言いにくそうに小さな声で呟いた。
「……えーと、…寝冷え、かな」
僕は。
僕は昨日あと少しで軽井沢までタクシーで乗り付けるところだったんだぞ。
今日だって午後から取材が1件(しかもまた女性ファッション誌)入っていたがとてもじゃないがそんな精神状態ではないと平謝りをして日を延ばしてもらったのだ。
それを、それをキミはまた。
「ふ」
……いや。今日は止めておこう。
今の僕の立場は、あまり良くない。
そうだ。そうだ、まず僕は彼に謝らなければ。
「……すまなかった」
「はあ?」
いつもの僕の台詞を期待していただろう彼は素頓狂な声を出し、僕の顔を見上げるように覗き込んだ。
進藤の癖だ。
彼は下から見上げるように大きな目で人の顔を覗き込む癖がある。誰に対してもそうだ。
ほんの少し男性の平均身長よりも小柄なせいだろうか。(と1回本人に言ったことがあるのだが、ひどく怒られた)
でも、その色素の薄い灰色がかった大きな瞳で見上げられるのは大抵の人には好印象に受け取られるらしく、彼が人から好かれたり甘やかされたりする要因の一つらしかった。
前に、僕の碁会所で市河さんが次第に広瀬さんや北島さんにも可愛がられていくようになる進藤を見て、そう力説していたのを思い出す。
おい、だから癖とはいえやめろ。そんな近くに顔を寄せるな。
また顔が熱くなってくるじゃないか。
「何でお前が謝んの?」
「……キミが、長野へ行く前の日に、その。
僕は酔っぱらって帰ってきて、キミに」
ビクっと彼は大きく肩を揺らした。
やっぱり。
やっぱり僕はキミに何かヒドイことをしてしまったのだろうか。
「あ、いや。えと。
……オレは、その、大丈夫だよ」
「いや、でも僕は」
「ホントに、平気だから。
お前も気にすんな」
進藤は僕の言葉を遮るようにそう早口で捲し立てると、僕の座っている反対側の窓の外へと向いてしまった。
やはり、やはり何かしてしまったのだろうか。
「いや、進藤。
僕が何かキミに迷惑をかけてしまったのなら、謝りたいんだ。
教えてくれ」
「……」
「進藤」
「……イヤ、お前。
その、アレは迷惑とか…その、そーゆーんじゃないだろ」
「そんなに酷いことをしたのか!? 僕は」
「いや、酷いコトっつーか……てゆーかお前」
進藤は再び僕の方へと向き直り、怪訝そうな顔をして僕を顔を覗き込んだ。
「……もしかして、覚えてないの?」
「……うん」
「全く? 何も? どこから?」
「緒方さんとバーに入って…そのあたりから」
「じゃあ、家に帰ってきてからは?」
「…………全く。……すまない……」
進藤は、大きな目を見開きパチパチと瞬きさせて僕をじっと見つめた。
僕はとてもじゃないが進藤を見ることはできず、俯いていた。
すると、しばらくしてブッと吹き出す音が聞こえた。
僕が顔を上げて進藤の方を見ると、進藤は俯いて肩を震わせてクックックと笑っていた。
おい、僕はここ数日真剣に悩んでいたんだぞ。
笑い事じゃない。
進藤。
しばらくして堪り兼ねたのか、進藤はブハハハハと大声で吹き出すように笑いはじめた。
「進藤、僕は」
「ブッ……クククク…アハハハハ!
お前…ブッククク……覚えてないのかよ〜…」
「だから、謝るから! 何があったのか教えてくれ!」
「ブッ…!アハハハハ!!」
進藤はそのままタクシーが家につくまで笑い続けた。
あ〜やべえ、また腹痛くなってきたよ、と涙声で笑いながら訴えた。
結局進藤が言うには、僕は緒方さんに引きずられながら帰ってきて、進藤がリビングまで連れて来たらしい。
すると僕は突然スーツを放り投げるようにすべて脱ぎさり、部屋に入ってパンツ1枚のまま寝てしまったとのことだった。
それで、進藤が僕のスーツを片付け部屋のカーテンを閉めてくれたらしい。
「だから、迷惑とか酷いとかじゃないんだから気にすんなって言ったろ」と、まあお前のストリップはおもしろかったけどなと笑いながら進藤は言った。
……なんだ。それだけ、か……。
僕はホッとすると共に、何か拍子抜けしたような気持ちになった。
何故だろう?
まあ、でもとにかく想像していたよりは進藤に迷惑をかけていないようだったのでホッとした。
なんとなく、拭いきれない疑問は心の中に残ったままだったけれど。
進藤は、また以前のようにニコニコとしていたので、まあいいかと思うようにした。
それから二日ほど進藤は仕事を休み、新碁聖としての記者会見から復帰した。
その後もひっきりなしに取材などの仕事が続いていた。
容姿のせいか性格のせいか、もともと囲碁をやらないような一般の人たちからも人気の高かった進藤は、タイトルを獲得したことによりますます人気に拍車がかかったようだった。
雑誌やテレビで彼の姿を目にする率がグンと増え、代わりに家で彼と接する時間がグンと減った。
元々忙しかった僕に加えて進藤まで僕以上に忙しくなってしまい、すれ違いのような生活が続いた。
…何か。
僕は何か、重大なことを見落としているような気がする。
何かを、何かを進藤に聞かなければならなかったのに。
それが何だかわからないまま、僕はなんとなくモヤモヤとした気持ちを抱えたまま日々を過ごした。
そして、進藤はその高まっていく人気とは裏腹に。
ガクリと調子を落とす。
そして彼が、かつてない程の絶不調のどん底にいる時。
僕は、彼の嘘を知る。
「……塔矢くん?」
彼女の訪問によって。
to be continued
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