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05-4.9
「私ね」
少しの沈黙の後、彼女が再び口を開いた。
「私、塔矢くんだと思ってたの。ヒカルのことを、あんなにも変えてしまったの」
「……え」
「だってヒカル、塔矢くんと出会ってからが一番変わったもの。
塔矢くんと出会ったからこそ、今のヒカルがいるんだと思う」
「それは…」
僕が口を開きかけた時、彼女はそれを遮るかのように続けた。
「悔しかった」
「え」
「私じゃないんだ、って。
ヒカルを変えるのも守るのも守られるのも、傍にいるのも私じゃないんだ、って」
彼女は俯いて、両手を膝の上で握りしめた。
「私、本当に小さい頃からずっとヒカルの傍にいて。
これからもずっとずっと一緒に、ヒカルの隣にいるのは私だ、って
勝手に思いこんでいたのね。
でも、それは違ったの」
「……」
「私じゃなかった。私ではヒカルを変えられなかったもの。
だから、私ちょっと塔矢くんにヤキモチ焼いてたのよ。
だって、悔しかったもの」
「……」
「でも、今日たくさんお話出来て良かった。
ヒカルが何で塔矢くんを選んだのか、わかった気がする」
彼女はそう言うと、フフッと笑った。
綺麗な笑顔だった。
でも。
でも、僕は。
「……違うと思うよ」
「…え?」
「僕じゃないよ」
そう、僕ではない。
僕が彼を変えた訳ではないのだ。
彼を変えた時、傍にいたのも。隣にいたのも。彼に必要とされたのも。
僕なんかじゃなかったのだ。
何故なら、僕にはわかるから。
彼女の気持ちが、痛い程よくわかるから。
「進藤は、僕を見ていないよ。
僕を通して違う誰かを見ているだけだ。
その人が、進藤を変えた、進藤の心を持っていってしまった人だ」
僕は彼女の方を見ずに、俯いたままそう言った。
雨の強い音が聞こえる。
「……もし」
「え?」
「もし、そうだとしても。
塔矢くんを通して違う誰かを見ているとしても、
ヒカルは塔矢くんを必要としているんじゃないかしら」
「……」
「その誰かを見つけるためにも」
「…でも、それは」
「悔しいけど。
確かにそれは悔しいけど、ヒカルは傍にいるじゃない。
ヒカルがそうしている限り、ヒカルは塔矢くんの傍にいるじゃない」
「……」
「だから、塔矢くんが。
塔矢くんがもう一度、ヒカルを変えればいいじゃない。
今度、ヒカルを変えられるのは塔矢くんしかいないもの。
絶対に。
私にはわかるの。
だって、私。
私、ヒカルのこと好きだったから。
ずっとずっとずっと好きだったから。
私にはわかるの」
彼女は僕を強い瞳で見つめた。
強い光を持つ、綺麗な目。
……ああ。君は、本当に。
「何?」
「え」
「塔矢くん、笑ってる」
思わず笑みがこぼれてしまう。
とても優しい気持ちになっていく自分を感じる。
「…いや、ごめんなさい。
本当にあなたと進藤は似ているな、って思って」
「もう、またそんなこと言うんだから」
「……僕も、あなたのような人を好きになっていたら良かったのに」
僕がそう言って笑うと、彼女は何故か顔を真っ赤にして俯いてしまった。
悪いことを言ったかな。
それはそうだ。僕なんかがそんなことを言っても、彼女は嬉しくもなんともないわけだし、困ってしまうだけだろう。
「ああ、ごめんなさい。失礼なこと言って」
「ち、ちがうの!
……塔矢くんて……。
…塔矢くんが、あの雑誌で『王子様』って言われてた訳がわかったわ」
「え、な、何で」
僕が彼女がそう言う理由がわからなくて聞き返すと、彼女は声をあげて笑い始めた。
あまりに楽しそうに彼女が笑うので、僕も彼女につられて笑ってしまう。
楽しかった。
それからしばらくの間、彼女と僕は進藤のことをあれこれと語りあった。
彼女から僕の知らない進藤の話をたくさん聞き、僕も彼女の知らない進藤の姿をたくさん語った。
でも、夕方になって日が暮れても、進藤は帰って来なかった。
「…じゃあ、私そろそろお暇するわね」
「え、でも、まだ進藤が」
「いいの。また日を改めるわ。
私も明日、早いから」
「ああ、確か今大学生…」
「うん、短大。でも明日は学校じゃないの」
そう言いながら彼女は席を立ち、玄関へと向かった。
「明日病院だから、今日は早く寝たいし」
「え…、どこか…どこか悪いの?」
僕は心配になって聞き返した。
すると彼女はゆっくり首を振った。
「産婦人科」
「………え………」
予想外の言葉を聞いて、僕は思わず固まってしまう。
それって。それってつまり……
「あの……こんなこと聞いていいのかわからないけど…その、えと」
「和谷くんって、知ってる? 今四段の」
「え、あ、うん。進藤と、その、仲がよくて…」
「彼と私、付き合ってて。彼の子」
そうか。そうだよな。
果たして、どこまで聞いていいものか。
「……その、えと、ご結婚…を?」
「わからない」
「え…でも」
「大丈夫。私、大丈夫よ。
今日はそれをいろいろヒカルに話そうと思って来たの」
彼女は玄関でサンダルを履くと、明るい笑顔で振り返った。
「でも塔矢くんとヒカルのこと色々話せたから、スッキリしちゃった。
本当にどうもありがとう」
「いや…えと、僕は…」
「ああ、そうだ、コレ。持って帰っちゃうところだったわ」
彼女はそう言って、小さな赤い紙袋を僕に手渡した。
「ヒカルに渡して。おめでとう、って」
「…え?」
「誕生日。今日、9月20日でしょ。19歳のお誕生日」
誕生日。
9月20日。
進藤の、誕生日……………?
二人で食べてね、一応手作りなんだから! と言いながら彼女は手を振って帰っていった。
彼女が出ていった玄関で、彼女に渡された紙袋を持ちながら、僕はしばらくの間呆然
と立ちつくしていた。
藤崎さん。
やっぱり、僕はまだあなたには敵わないよ。
だって、僕は彼の誕生日すら知らなかったんだよ。
まだ、彼は僕の傍にはいないよ。
そして今の僕には彼の傍にいく資格すらない。
僕は。
まだ。
彼の傍に行くことが、僕は出来るかな。
藤崎さん。
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