06-1.2













偶然だったのだ。本当に。
















たまたま同期のヤツと棋院を出る時に一緒になった。


お互い高段者同士、手合いの日に顔を合わせることはしょっちゅうだが、話すことなどはまずない。
オレ自身、手合いの最中にたとえ休憩時間だろうと他人と話すことはあまり好きではなかったし、あの男もそうらしかった。
お互い部屋の両側の片隅で一人で飯を食い、煙草を吸ったり茶を飲んだりしていた。





対局の相性は最悪だった。オレにとっては。






あの男にとってはオレは最高のカモなのかもしれないが。






三冠を持っている今でもなお、あの男との対局の勝率は三割を切る。
つまり大概負ける。入段した頃からそうだった。
こういうのが苦手意識というのだろうか。
決して打ちにくい手筋ではないし、複雑なヨミを要求される相手でもない。新手を打ってくる訳でもない。棋力は圧倒的にオレの方が上だ。


でも駄目だ。
勝てない。
わからない。


まだ若かった頃、真剣に悩んだことがあった。
毎年『最有力候補』と言われながら結局一つもタイトルを取ることの出来ない自分に最も苛立っていた時期だった。
こんな自分より明らかに『格下』の相手に苦手意識なんぞ持ってどうする。
こんなことでは一生タイトルなんて取れはしない。
インターネットなどのゴシップで、『万年九段』とあだ名されていることも知っていた。
『弟弟子に抜かれる日もすぐそこ』と。
憤ることは出来なかった。事実だったからだ。


弟弟子に抜かれるか。


遠い日を思い出す。


彼がまだ幼稚園に上がるか上がらないか。
彼とはその時に初めて対局した。

彼はその時すでに塔矢先生に対して置石は6つだった。
ほんの4、5歳の子供が、だ。





結果はオレの中押し勝ちだった。

オレは、幼稚園以下の子供に手加減をすることすら出来なかったのだ。







そうさ。








自覚しろ。
オレは小物なんだ。こんなにも。

たとえ幼稚園児だろうが、恩師の愛息子だろうが、己が勝つためには手加減も出来ない。
所詮その程度の人間なんだ、オレは。
あれから十数年経った今でも、オレの本質はまるで変わっていない。

自覚するんだ。
変に気負ったりするから勝てないんだ。

あの男は大して強くはない。棋力も高くない。
でも高段なのは、『上手い』からだ。
あの男は人の心を読む。
相手の器量を読む。
その上で打ってくる。

小物の上に、自分の気持ちのコントロールすら下手だったオレは、そんな男に勝てる訳はなかったのだ。






オレは違うんだ。

あの男とも。
先生とも。
アキラくんとも。
進藤とも。





自覚しろ。
オレは小物だ。

















そう理解した途端、タイトルが一気に二つ手に入った。

あの男にも、少しだけ勝てるようになった。








でも結局あの男に対して勝率三割以下、というのは今も変わりはしないのだが。




















そんなこともあり、オレはこの同期の男があまり好きではない。というか嫌いだ。嫌いどころかできれば顔も見たくない。酒などが入ったら殴ってしまうかもしれないからだ。
でもそんな男が初めてオレに「飲みにでもいきましょうか」と声をかけてきたのだ。

何故、突然。

何を考えているんだ、あの男は。意味がわからない。
そしてその誘いに乗った自分も意味がわからない。
何を考えているんだ、オレは。

盛り上がるはずもない酒は、何故か明け方まで続いた。
何を話していたか、思い出すのも鬱陶しいので考えないようにした。

それでも、一つだけハッキリとわかってスッキリしたことがあった。



やはりオレはあの男が嫌いだ。





それだけだった。