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06-10
固まったまま塔矢のことを見ていた緒方さんは、漸く意識を取り戻したのか、フーッと大きな溜息をついた。
くるりと塔矢に背を向けて手すりに再び身体を預け、煙草を1本取り出した。
シュッ、と今日何度聞いたか分からないマッチをする音が聞こえる。
オレはというと、塔矢の「好きなんだコール」に吹き飛ばされてしまったのか、ヘナヘナとベランダに座り込んでしまっていた。
緒方さんがフーッと白い煙を吐く音が聞こえる。
階下では、塔矢のバカが「進藤ーっ! どうしたんだーっ!」と叫んでいるのが聞こえた。
アイツ、バカだな。
本当バカだ。
「どうしよう………」
思わず漏れたオレの呟きに、緒方さんは「何が」と言って返してきた。
その声は、少し笑っていた。
「緒方さん…。オレたちさあ、ものすごい色んなことたくさん話したよね」
「ああ」
「オレ、オレさあ。
一生懸命考えたんだよ。一杯泣いて、一杯傷ついてさあ」
「ああ」
「色んな人傷つけて。それでもオレは」
「ああ」
「オレ、せっかく悪い頭でいろんなこと考えて、いろんなこと決心したのに」
「ああ」
「なのに。何もかもダメになっちゃったよ。あんな一言で。
オレの考えたこと、全部ムダ」
「ああ」
「アイツ、オレのこと好きだって」
「ああ」
「あんなにデカイ声で」
「ああ」
「どうしよう」
「ああ」
「オレもアイツのこと好きだよ…。
絶対ダメだって。ダメだって思ってたのに。
でも、もうダメみたいだよ。
どうしよう」
「緒方さん…どうしよう」
すると緒方さんは、思わず吹き出す感じでアハハと声を立てて笑った。
オレは驚いて思わず緒方さんを凝視する。
だって、この人がこんな風に声を出して笑うの初めて見たんだ。
いつも「フン」だとか「ハン」だとか「アン」だとか言って笑ってるくせに。
緒方さんがあんまり楽しそうに笑うもんだから、オレもつられて笑ってしまう。
最初はクスクスと笑う程度だったけど、しまいには本当に楽しくなって、緒方さんと二人でしばらくゲラゲラと笑い続けた。
その時も、外では塔矢が「進藤ーっ!」と叫んでいた。
緒方さんが笑いながら言う。
「アイツ、オレの部屋の番号知ってるんだから、上に上がってくればいいのにな」
そう言いながらまた吹き出すように笑う。オレも笑う。
「ホントだね」
本当に。
「アイツ、バカだろう」
「うん」
「可愛いヤツだろう」
「うん」
「オレはアイツが生まれた時から見ているからな」
「うん」
「早く下に行ってやったらどうだ」
「うん」
「そうじゃないと、アイツいつまでもお前の名前を叫び続けるぞ」
「うん」
「『好きなんだーっ』ってな」
「……うん」
緒方さんは、また笑った。
オレもひとしきり笑った後、立ち上がってまだ外にいる塔矢を見る。
オレを見るなり「進藤!」と叫ぶ塔矢に「今から下に行くからおとなしく待ってろ!」と声をかけ、ベランダから部屋へと戻った。
オレは自分の服に急いで着替え、ケータイをポケットにつっこむ。
玄関へと向かって歩いていく。
緒方さんは相変わらず手すりに寄りかかったまま、煙草をふかしていた。
「緒方さん」
「……何だ」
「『あんまり煙草吸い過ぎちゃ駄目よ』」
オレは緒方さんにそう言い残すと、玄関を出た。
そして向かっていく。
塔矢の元へ。
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