|
06-05
「……ざん……こく?」
「ああ」
残酷だよ、お前は。
緒方さんは小さな低い声で、まるでオレに言い聞かせるかのように静かに言った。
それから数手を打った後、オレと緒方さんの対局は終局した。
緒方さんは何も言わないまま整地を始める。
白石と黒石が分けられて、綺麗に並べられていく。
沈黙の中、緒方さんが石を動かす音だけが夜の闇の中に響いていた。
「お前もやれ」と緒方さんは言ったけど、オレは身体を上手く動かすことができなかった。
しばらくしてさすがに緒方さんも不審に思ったのか、動きを止めてしまったオレを怪訝そうな顔をして覗き込んできた。
「どうした」
「………………って」
「何?」
口の中がカラカラに渇き、喉がはりついてしまって上手く声が出せない。
「残酷って……」
無理に出した声は、みっともなく震えていた。
「……言われたんだ」
「誰に」
「塔矢に、オレは残酷だって」
「──」
緒方さんは少しだけ目を見開いてオレを見た後、すぐに視線を碁盤へと戻した。
「二目半──オレの勝ちだな」
「………」
「案外打てるじゃないか。どれくらい打てなくなってるのかと思いきや」
緒方さんはそう言いながら棋譜を崩し、ジャラジャラと音を立てながら石を碁笥の中へと戻した。
「検討するか」
「………」
オレが黙っていると、それどころじゃないかと言って緒方さんは笑い、碁笥の蓋を閉めて立ち上がった。
オレは俯いていた顔を上げ、思わず目線が緒方さんを追っていく。
緒方さんはベランダの手すりに寄りかかると、再び煙草を取り出した。
煙草を銜えながらオレの方を見やり、「星が見えるぞ」と声をかけた。
オレは動かなくなって固くなってしまった身体を、椅子から引き剥がすようにして無理矢理立ち上がり、ノロノロと緒方さんのいる方へと向かった。
緒方さんが手すりを背にしているのと逆に、オレは手すりに掴まってよく晴れた夜空を見上げた。
月明かりに負けないように、キラキラと星が輝いている。
……そうはいっても東京だ。しかも、都心に近い場所。
晴れているとはいってもなんとなく霞んだ感じのする東京の夜空。
それでも星はキラキラと輝いて見えた。
「久しぶりだな、こんなに星が見えるのは」
「………」
「昨日も雨だったし──ここ何日か天気が悪かったからな」
「………」
黙ったままのオレを緒方さんがチラリと横目で見る気配を感じる。
しばらくしてから緒方さんは煙草の煙を夜空に向かって吐き、盛大な溜息をついた。
そして、観念したかのような口調で切り出してきた。
「ケンカでもしたのか、アキラくんと」
「………」
「ケンカはいつものことか。今じゃ碁会所では一種の名物だからな、お前たちのケンカは」
「………」
「派手なケンカをして家を飛び出して──それでフラフラと明け方に彷徨っていた訳か」
まあそんなことじゃないかと思ったがな、と小さい声で緒方さんが煙草を銜えたまま呟く。
そして、まるで世間話でもするかのような、いつもと変わらない口調で緒方さんは再びその単語を口にした。
「残酷──か」
沈黙が流れる。
緒方さんのゆっくりと煙を吐き出す息の音だけが響く。
「……オレってさ」
「オレって、残酷なのかな」
オレの問い掛けに緒方さんはしばらく考えるようにして黙っていた。
緒方さんの持つ煙草から灰が静かに落ちていく。
「──そうだな。少なくとも、アキラくんにとっては」
「……何で?
緒方さんも、緒方さんもオレのこと残酷だって言ったじゃん。
何で?」
緒方さんは短くなった煙草を消すために手すりから離れ、再びテーブルの方へと歩いていった。
煙草を灰皿に押しつけると、今度はウイスキーの入ったグラスを片手に再び手すりの方へと戻ってくる。
「おい」
「………何?」
「いいか、オレは酔っている」
「……んなの、見ればわかるよ。…まだ飲むの?」
「だから、オレが今から話すことは明日には忘れろ。酒の席でのことだからな。
絶対だぞ」
「昔話をしてやる」
突然脈絡のまるでないことを言い出す緒方さんに、オレははぁ?と大きな声で聞き返す。
すると、据わった目で「いいから黙ってろ」と凄まれた。
……一体なんだって言うんだよ。
「昔々あるところに、碁打ちを目指す一人の少年がいました」
|