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07-03
美しい紅に染まった葉がハラハラと音を立てて散り、静かな池の水面の上に落ちていった。
それまで鏡のようだった水面は、葉が舞い降りた振動を受けて綺麗な円を描くようにその水面に波を立てた。
秋ももう終わりか。
葉の散る様を見て思う。
明日からは11月。今年も残すところあと2ヶ月だ。
今年は本当に色々なことがあって、めまぐるしく自分の環境が変わっていったことを今さらながらに感じる。
最後の北斗杯があったこと。
その直後に進藤がいなくなったこと。
そして一緒に暮らし始めたこと。
ケンカをしたこと。
想いを伝えたこと。
それに答えてくれたこと。
それから、それから。
もちろん、碁もたくさん打った。
今年は十段位に続き、こうして名人戦への挑戦権も得ることができた。
一番たくさん打ったのは──もちろん、進藤。
公式では当たることはなかったが、碁会所で。家で。研究会で。
何十局と打った。
一緒に暮らし始めてからは、さらに爆発的に増えた。
名人戦出発前の一昨日も打った。
進藤は特に僕の名人戦については何も言わなかったが、彼の打つ一手一手から彼の想いが真っ直ぐに伝わってきた。
「お前なら勝てるよ」と。
おそらく明日家に帰ったら、この名人戦の検討をするに違いない。
そうして僕たちは打っていくのだ。何十局と。何百局と。
「塔矢先生」
「あ、はい」
そんなことを考えながらボンヤリと庭園を眺めていた僕に、名人戦のスタッフが遠慮がちに声をかけた。
「そろそろ、お時間ですので」
「わかりました」
僕は静かにそう答えるとスタッフの後をついて、対局場へと向かう。
しんと静まりかえった静粛が僕を包む。
対局場へと向かうホテルの長い廊下の向こう側が、大きな窓でもあるのかボンヤリと光って見える。
まるでこれから僕の突き進むべく道を指し示しているかのような、暖かい、それでいて鮮烈な光。
少し目を細める。
あの光の向こう側へ、いつか僕は辿りつけるのだろうか。
++++++
名人戦第6局。
会場は石川県金沢市にあるホテル。そこで名人戦第6局は行われる。
名人戦は7番勝負で、先に4勝をしたものが名人となる。
現在の僕の戦績は3勝2敗。
僕が王手をかけている形になる。つまり、今日の対局に勝利すれば、名人位獲得となるのだ。
現在の名人は芹澤先生が持っており、2年連続防衛を果たしている。
今期も勝てば、3度目の防衛となるのだ。
芹澤先生は現在の囲碁界では緒方さんや倉田さんと並ぶ重鎮であり(倉田さんはこのお二方と共に自分の名前が上がると「オレはまだ若手だよ! オッサンたちと一緒にしないでよね!」と怒る)、「三大巨頭」の内の一人だ。
緒方さんが「思慮深く繊細な碁」、倉田さんが「データから緻密に計算された、完璧を目指す碁」と評されるなかで、芹澤先生の碁は「力強く押し寄せる、炎のような碁」とよく言われていた。
そしてそれは、僕とよく比較されることが多かったのだ。
僕の碁もよく「力強い青龍のごとき碁」などと言われる。同じ「力VS力」のぶつかり合いの碁、とでも言うべきか。
芹澤先生と僕の名人戦は熾烈を極めた。
大概が、1目から2目の僅差で勝負を終える。
1局目は芹澤先生が獲り、2局目は僕が獲った。3局目は再び僕が獲ったが、4局目は逆転負けで芹澤先生に獲られた。そして5局目はギリギリの勝負の末、僕が──といった具合だった。
そして勝負は、僕が王手をかけた第6局を迎える。
名人戦は8時間と持ち時間が長く、1局打つのに2日かけて行われる。
昨日は僕が72手目を封じて終わり、今日は芹澤先生から開始されることになる。
形成はまさに五分五分。どちらに転んでもおかしくはない。
だが、持ち時間は芹澤先生があと3時間弱であるのに対し、僕はまだ3時間半以上残している。
勝てる。
手応えはある。
勝つんだ。
父が持っていたタイトルだ。
勝って、そして今こそ父を越えてやる。
「おはようございます」
芹澤先生はすでに闘いの席に座していた。
「おはよう、塔矢くん」
いつもと同じ、細いラインの入った隙のないスリーピース。
切れ長の力強い黒い瞳が、下から僕を睨み上げた。
絶対に勝ってやる。
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