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07-4.6
カモメが高い声で鳴いて、青い空を横切っていく。
そのカモメを目で追ううちに、目線は再び海へと戻る。
晩秋の、深い青色と灰色を混ぜたような色の海。
冷たい色。
見てるだけで寒くなりそうで、オレは着ていたジャンパーをさらに前で深く合わせ、自分を抱きしめるようにしながらくるりと海に背を向けた。
耳にザザザ、ザザザ、という海の音が響き渡る。
懐かしい。
この海を見るのは、あの時以来か。
呼び掛ける声に、返事はまだ聞こえないまま──
「進藤くん」
突然背後から声をかけられる。
振り向くと、トレードマークの黒いキャップを深くかぶった監督が立っていた。
首には前回のCM撮影の時にオレがサインをしてあげた、黄色いメガホンを下げて。
監督は、ニコニコとしながら手にしていた缶コーヒーをオレに差し出した。
「すみません」
「いやいや。こちらこそ悪いね。無理言ってスケジュール調整してもらって、こんなところまで」
手渡された缶コーヒーは熱くて、オレは蓋をあけずに冷たくなった手の上で転がしていた。
ここは四国の愛媛県、とある海岸。
今回の『ライブカード』のCM撮影の舞台となるところだ。
オレの目の前に広がっているのは晩秋の瀬戸内海。天気が良くて、遠くの小さな島々が転々と見える。
今海岸ではスタッフが数名いて、撮影のセッティングをしている。
オレはそのセッティングが終わるまで特にすることもなく、海岸をウロウロしたり、海の遠くの方を見やったりしていたのだ。
「……今回は、どうしてココが舞台なんですか?」
「いいところだろう?」
「……ええ、まあ」
いいところ、か。
オレは缶コーヒーの蓋を開けると、両手で抱えるように持ちながら口へとコーヒーを運んだ。
「今僕が撮ってる映画がココが舞台でね。
その映画のスポンサー様がこのカード会社なんだよ。
それで、自社のカードの宣伝と映画の宣伝を兼ねたいってわけ。
……なんか、こういう話をしちゃうと商売っ気たっぷりみたいで、イヤなんだけど…」
「…でもそれなら、CM、オレじゃなくてその映画に出てる俳優さんや女優さんの方がいいんじゃ…」
「スポンサー様がエラくキミのことを気に入っていてね。是非続編はキミで撮りたいっていう希望なんだよ。
もっとも、オレもそうしたかったからね」
「でも、オレその映画とか全然わかんないから宣伝なんて…」
オレが少し俯きながら監督に話すと、監督は海の向こう側に目をやりながらアハハハ、と大きな声で笑った。
オレは思わず顔を上げて、監督の横顔を見てしまう。
「いーの、いーの。
スポンサー様もオレの性格、分かってるから。
元々このCMは宣伝っぽくしたくない、出演者の素顔に迫るショートフィルム風に、っていう演出でオレに依頼が来たんだよ。
そうじゃなきゃ、もっと腕のいいCM監督に依頼がいってるさ」
「監督ーっ!」
「はいよー」
少し離れたところから、スタッフが監督を大声で呼んだ。
監督は気の抜けたような返事をすると、じゃあ30分後にはカメリハ始めるからよろしくね、といいながらオレにクルリと背を向けた。
「あ」
監督は、ピタリと足を止めると再びクルリと振り返って、オレの方を指さしながら言った。
「話したと思うけど、今回は共演者がいるからね。オレの映画の主演俳優。
スポンサー様やオレだけじゃない、キミはこの男からもご指名でね」
「ええ?」
「テレビは出てないから、多分名前を言っても分からないと思うけど…。
キミのことを話したら『是非共演したい』ってね」
「なんで……」
「前も言っただろ。『キミはあんまり自分のことを知らないな』って」
「……」
「ちょっと癖のあるヤツだけどね、イイ男だから。
気後れしないようにね」
監督はそう言うとヒラヒラと手を振りながらスタッフの元へと向かっていった。
自分のことを知らない、か。
思わず自嘲めいた笑みが零れる。
そう、自分のこともよくわかってないオレには、塔矢に『他人に興味持て』なんて言える立場じゃないよな。
塔矢先生や矢部先生は、オレが塔矢に教えてくれている、なんて言っていたけど。
──塔矢。
塔矢、どうしてるかな。
オレは一気に缶コーヒーの中身を飲み干すと、ゴミ箱を探しに海岸を歩いた。
すると、海岸の向こう側から「おはようございまーす!」というスタッフ達の大きな声が聞こえた。
オレは太陽の明かりに目を細めながら、手をかざしてその声のする方を見る。
太陽がちょうど逆光になっていて、あまりよく顔が見えない。
お辞儀をしているスタッフ達の間を通り抜けながら、一人の男が光の中をこちらに向かって堂々と歩いてくるのが見えた。
「おはようございまーす!」
「うーす」
低くて、でも遠くまで凛と通る声。
細身で背が高く、鮮やかな赤色の派手なジャンパーをはおり、下はジーンズ。
長いような短いような、ボサボサと伸ばした感じの、本人にとても似合う真っ黒い髪。
男はジャンパーに右手を突っ込んでゴソゴソと探り、暑くもない(むしろ寒い)のに扇子を出して、鮮やかな手つきで綺麗な音を立てながらバッと広げた。
何でだろう。
これは、初めて見る光景じゃない。
6年前にも見ていた姿──。
さっきまで持っていた缶コーヒーの缶が、いつのまにかオレの手を放れて砂浜の中にボスっと鈍い音を立てて落ちていた。
男は扇子で自分を扇ぎながらオレの目の前まで来ると、屈んでオレの足下の缶コーヒーを拾い、オレに手渡した。
オレはあまりのことに声を出すこともできず、ただ目を見開いて目の前の黒い髪の男をただただ見つめる。
その男は昔と全く変わらない、ややふんぞり返りながら人を見下ろすような視線でオレを見つめながら、口の端をニヤリと上げた。
偉そうな態度。
厳しい、刺すような近寄りがたい雰囲気。
それでいて、時折見せる優しい目。
オレの背中を、押してくれた人。
「共演の加賀鉄男です。よろしく、進藤ヒカル六段」
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