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07-4.7
「『それさえもおそらくは平穏な日々』」
加賀から受け取った台本の表紙に書かれていたタイトルを読み上げる。
そのままパラパラとページを捲る。
その台本は、よく読み込まれているせいなのか、ただ扱いが雑なのか。
表紙はシワシワでところどころ破れていて、中身もあちこち折れ曲がっていた。
でも、たくさんの走り書きや線が引っ張ってあるのを見ると、ただ扱いが乱暴なだけではないのがわかる。
加賀が、この映画の仕事に真剣に取り組んでいるのがわかる。
「……加賀はどんな役?」
「バーカ、オレ様が主役以外ナニやるっつーんだよ」
「だから、この主役の……あれ、名前がないや」
「その主人公にはな、名前がないんだよ。主人公なのにな。
あのヒネクレ者のオッサンの好きそうなホンだよなー…」
そう言って加賀はアゴでしゃくって、遠くでスタッフに指示を出している監督を見る。
「昼飯休憩だっつーのによく働くねえ」
「監督さん、いつもああなの?」
「アイツはな、三度のメシより映画が好きなんだよ。典型的な映画オタク。真性だな、ありゃ」
フーッと加賀が吐き出した煙草の煙がフワフワと穏やかな空を漂う。
朝は寒かった撮影現場の海岸は、昼間になると大分日が差してきて、ポカポカと穏やかな天気になった。
オレと加賀はスタッフ達とは少し離れた場所で海岸に腰を下ろし、海を見ながら支給された弁当を食べていた。
煙草の煙を吐き出す横顔。
ふとした時に見せる不敵な笑み。
自信と強い意志に充ち満ちた黒い強い瞳。
その姿は、6年前の加賀と何ら変わってはいなくて。
「んだよ」
「え?」
「人の顔ジーッと見やがって。さては惚れたか」
「うるさいよ」
ヘッ、と加賀は鼻で笑うと、短くなった煙草を空き缶の中に落とす。
…あ、なんかこんな光景、昔屋上とかで見たことある気がする。
デジャヴ、ってヤツか?
それとも。
「……なんか、変わってないね」
「あ?」
「加賀。昔と全然変わってない」
「……全然ってこたぁねえだろ。
それとも何か? お前は自分だけが成長したつもりにでもなってんのか?
あ? 進藤碁聖」
「…イタッ! イタタタタ、イタイ! 加賀イタイって〜!」
加賀は笑いながらオレの左頬を引っ張っていた手を離す。
オレは涙目になりながら左頬をさすり、加賀を睨む。
ああ昔ほどプニプニしてねえな、確かに成長はしてるか、なんて言って加賀は空を仰ぎながら盛大に笑った。
「…ったくもう! そーゆーところが加賀は変わってねーんだよっ!
いつまでも人のことガキ扱いしてさー、からかって…」
「ガキだろ実際」
「ガキじゃねーよ! もう!」
「はいはいスミマセンでした、進藤先生」
加賀はからかうようにしながらそう言うと、ジャンパーのポケットを探り、煙草の箱を取り出した。
「……確かに変わってない、ことはないか…」
「何だよ、急にシンミリしやがって」
「だって、本当に驚いたんだもん。加賀が芸能人になってるなんて」
「バーカ、そんなんじゃねーよ」
「…だから、昔の加賀とすっごい変わっちゃったのかなあ、って思って。
そしたら、全然変わってなかったから」
「お前は変わったな」
加賀はそう言いながら煙草を銜えると、ライターで火をつけた。
紫煙がユラユラと再び加賀の口元から舞い上がる。
……変わった? オレが?
「……オレ変わった?」
「まあ、背がやっと人間並にはなったな」
「……」
「あとは…そうだな、綺麗になったか」
「キレ……。……なんだよ、それ」
まともな事を一つも言わない加賀をオレは横目で睨む。
加賀は知らん顔をして、海の向こう側を見ながら煙草をふかしている。
………。
カッコイイな。
男のオレの目から見ても今の加賀はカッコイイ。
加賀は昔から背も高くてケンカも強くて大人っぽくて頭も良くて(と筒井さんが言っていた)カッコ良かったけど。
本当の『大人の男』ってヤツになった加賀は、本当にカッコイイ。
オレは加賀が出ている映画を見たことがないからわからないけど、きっとカッコイイのだろう。
誰よりも光って見えるに違いない。
『ゲーノー人』になったのも、加賀なら頷ける。
『ゲーノー人』に……
…………そういえば、加賀。
「……加賀、将棋は?」
「あ?」
「将棋。中学の時、あんなにやってたじゃん。
オレ、てっきり加賀は将棋のプロになるのかと思ってた」
将棋のプロねえ。
加賀はそう言って再び白い煙を吐き出す。
遠くで、穏やかな海の音とともにカモメが高い声で鳴くのが聞こえる。
「なれるモンならなりたかったけどなあ」
「じゃあどうして。
あんなに一生懸命やってたじゃん。好きだったんでしょ、将棋。
プロ棋士になればよかったのに!」
「そうは言ってもな」
「なんで? 今からでも間に合うじゃん!
囲碁と違うだろうから、何歳までプロになれるのかわかんないけど…。
でも加賀なら」
「無理なモンは、無理だからな」
「なんで!」
「才能がなかったからな」
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