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08-1.7
「……ただいま」
靴を脱いで玄関に上がると、ドッと疲れが押し寄せてきた。
全く、今日は久しぶりのオフだったというのに。
対局以上の疲労感を伴って、僕は脱いだ靴を揃えた。
……進藤の靴がある。帰って来てるのかな。
そう思いながら、ついでに脱ぎ散らかされていた進藤の靴も一緒に揃えた。
そうして振り返ると、足下で「ミャー」と小さい鳴き声が聞こえた。
猫のアキラだった。
僕がリビングへ向かおうとすると、アキラは僕の足下をチョロチョロとまとわりつくように、覚束ない足取りでついてくる。
このままじゃ蹴飛ばしたり踏んでしまいかねないなと僕は思い、アキラ(猫)を抱き上げた。
……進藤はどうしたんだ。
いつもなら進藤と一緒にいるはずなのに。
というか進藤。
キミが先に帰宅している時は、僕が帰ってきた時にはたまにはキミが出迎えてくれたっていいじゃないかと思うのは、僕の我が儘なんだろうか。
そんなことを思いながらリビングの戸を開けると、部屋の中の電気は落とされて真っ暗だった。
おかしいな。玄関に靴はあった。居るはずなのに。
僕が居間の真ん中で立ちつくしていると、腕の中にいたアキラがモゾモゾと動いた。
僕が少し腰をかがめて腕をゆるめると、アキラは軽やかにピョンと飛び降りてトテトテと歩いていった。
そんなアキラ(猫)を目で追っていると、真っ暗な部屋の中に一筋の明かりが漏れていることに気付く。
進藤の部屋だった。
……なんだ、いるじゃないか。
居間の明かりを落として部屋に閉じこもって、どうしたのだろうか。
どうせまた晩ご飯も食べずに時間が経つのも忘れて、詰め碁でもやっているのだろう。
まったく。
僕は声を掛けようと部屋に近づいて、ノックをしようとした。
すると、わずかだけドアが開いていて、中の様子を窺うことが出来た。
パチリ。パチリ。………パチリ。パチリ。
碁石を置く音が聞こえる。
進藤は足つき碁盤の前に正座をして、黒石と白石の碁笥を手元に置いて静かに石を並べていた。
その音と、部屋の外まで漏れてくるような、この身が震える程の気迫は。
詰め碁や棋譜並べのような空気ではない。
これは、対局中の空気だ。
パチリ。パチリ。………パチリ。パチリ。
パチリ。パチリ。………パチリ。パチリ。
白と黒の石が、次々と並べられていく音が聞こえる。
こういうことは、初めてではなかった。
一緒に暮らし始めてからというものの、進藤は時折こうして部屋に籠もって、このような空気を醸し出すことがあった。
その時の僕は、当然進藤に声をかけることなど出来る訳はなく、彼が「対局」を終えて出てくるまで待つことしか出来なかった。
2,3時間で出てくることあれば、ほぼ1日出て来ないこともある。
出てくる時の表情も様々で、グッタリと憔悴しきって出てくることもあれば、晴れやかな笑顔で出てくることもあった。
そう、まさに「対局」後のような雰囲気で。
そしてそんなキミを見る度に僕は、どこかへ一人取り残されてしまったかのような酷く淋しい感情を覚えるのだ。
僕の知らない世界で、キミは僕をおいてたった一人で対局をしている。
僕をおいて。たった一人で。
そしていつの日か、キミは僕を本当においてその世界に行ってしまうのではないだろうか。
いつも、いつも僕は、部屋で一人で対局をしているキミを見ると、そんな感情を抱くんだ。
くだらない嫉妬だと。くだらない心配だとキミは笑うかもしれない。
でも事実なんだ。
ねえ、進藤。
いつもキミは、誰と対局をしてるの?
僕ではない、誰と。
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