08-4.8





グツグツと鍋が煮える音が響き渡る。
先程までの僕たち3人の大声は、進藤の一言によってすっかりと静まりかえってしまっていた。
進藤はもくもくと鍋をかき回しながら、再び言葉を続けた。


「社にだってさ、そーゆー人いるんだよ。
 そりゃそーだよな、年頃なんだし。
 和谷やあかりも結婚するって言うしさー。それから…伊角さんも同棲して長いし。
 冴木さんとこは、さすがに無理か。まだしげ子ちゃん高校生だしな」
「………」
「だから、お前にもそーゆー相手っていないのかなって思ってさ」
「………」
「おい進藤、お前何言うてんのや」

社がすこし怒りを含んだ声で、淡々と話す進藤を制した。
進藤は、社の声を聞いても湯気の向こうで表情を変えずに鍋をかき回しつづける。


「何って?」
「お前な」
「どういう意味だ?」

今度は僕が、進藤に声をかけた。
進藤は漸く鍋をかき回す手を止めた。


「僕のことをからかっているのか? 進藤」
「おい、塔矢。コイツな」
「答えろ、進藤」

僕は明らかに怒りを含んだ声で進藤に向かって言った。
一体何を。
何を、何て。
何て言ったんだ、彼は。



『塔矢は、そういう抱きしめたくなるような人、いないの?』




キミは。




『ケーキ入刀〜〜。二人の初の共同作業でーす』





キミは。





『だから、お前にもそーゆー相手っていないのかなって思ってさ』





キミは。






『オレはお前のそーゆーところが一番好きなのかもしれない』








キミは。























「ただ単に今、からかっているだけか?
 ……それとも、今までの僕のことを、からかっていたのか?」
「………」
「キミを好きだと言ったことも。
 キミがそれに答えてくれたことも。
 ずっと一緒にいれば、いつかキミの気持ちもわかることが出来ると言ってくれたことも」
「………」
「進藤」


僕が低い声で進藤に呼び掛けると、進藤は顔を俯かせてしまった。
社は困り果てた顔をして、僕と進藤の様子を交互に見比べていた。
僕は今、どんな顔をしているのだろう。
おそらく般若のごとき恐ろしい怒りに満ちた顔をしているに違いない。

だって。
だって、進藤が。

一体何故。
何故そんなことを突然言い出すんだ。
つい昨日の話じゃないか。
昨日、キミはケーキを買って僕の誕生日を祝ってくれた。
その前も。
「キミのことをよくわかっていないのかもしれない」と言った僕を、「ずっと一緒にいればいつかわかる」と。
そう言ってくれたのはキミじゃないか。
「ずっと一緒にいよう」と。
それを何故。





『塔矢は、そういう抱きしめたくなるような人、いないの?』





何故突然そんなことを言い出すんだ。







「フッ……」


暫くして、俯いていた進藤から声が漏れたのが聞こえた。
怒りに引っ張られるようにして、いつの間にか顔を俯かせていた僕も、思わず顔を上げて進藤を見つめる。
すると、進藤は顔を俯かせたまま笑っていた。

「……進」
「ずっと一緒にだなんて」


進藤は自嘲的にそう言い捨てると、肩を震わせながら顔を上げて僕を見つめた。



「ずっと一緒にだなんて、いられるわけないじゃん」






進藤。







『ずっと、一緒にいれば。
 ずっと一緒にオレ達は打ち続けていれば。
 わかる日が来るよ』








「……何を」





『ずっと一緒にいれば』









僕は何も言うことが出来なかった。
それは、怒りで言葉が詰まったのか。
悲しみで言葉が詰まったのか。

それとも、ただ彼が何を言っているのか、理解出来なかったせいなのか。





「だって、お前。
 お前、少しは自分の立場とか考えろよ。
 お前名人じゃん。それに、塔矢先生の息子だろ?
 周りが期待しないワケないじゃん。
 いつまでも、こんなところでオレと暮らしてるワケにはいかないだろ?
 いつかはお前だってさ、……お前だって、結婚とかして。子供作ってさ。
 塔矢の家をついで……」

「進藤!!」


僕の怒鳴り声に、進藤はビクリと大きく肩を揺らして俯かせていた顔を上げた。
その顔は、先程のような自嘲的な笑みはなく、青白い、怯えた色を瞳に宿していた。
僕はというと、今度はその怒りに引っ張られるようにして立ち上がり、進藤のことを怒りに満ちた目で見下ろしていた。
社も呆然とした顔で僕のことを見上げていた。

「……キミは……。一体何を……。
 ……何故そんなことを急に言い出すんだ?
 何かあったのか? 誰かに何か言われたのか?」

自分の声が震えてしまっているのがわかる。
これも怒りから来るものなのか、悲しみから来るものなのか、僕にはわからなかった。
ただ、ただ声が、どうしようもなく震えていたのだ。

「………別に」
「だっておかしいじゃないか。急にそんなこと言い出すなんて。
 ……まさか、キミは本当にそう思ってるのか?
 僕が『キミと離れて、結婚して子供を作りたい』だなんて思ってるとでも」

僕がそう言うと、進藤は再び俯かせていた顔を勢いよく上げた。
すると、今度は怯えた目ではなく、僕と同じく怒りと悲しみに満ちた目に変わっていた。


「今すぐ、じゃないかもしれないけど。
 でもいつかは。……遅かれ早かれ、オレ達は離れなくちゃいけないんだよ。
 いつまでも同じままじゃいられないんだよ」
「進藤、でも僕は」





「したんだろ、お見合い」








進藤の低い声がシンとした居間に響いた。






進藤は、再び顔を俯かせてしまった。














したんだろ、お見合い。















何故、キミがそれを?
















僕が呆然と進藤を見下ろしていると、進藤はフ、と再び笑った。
今度は自嘲的な笑みではなく、ごく自然な笑顔で。


「今日鍋にしたのはさ、そのお祝いも兼ねてたんだ。
 お前、オレの水炊き結構好きみたいだったからさ、オレなりのお祝い」

「………」

「オレさ。
 オレ、嬉しいんだよ。
 その人がいい人で、塔矢のことを抱きしてめてくれるような、
 塔矢も抱きしめたくなるような。
 そんな人だったらいいなって。
 
 本当に、心からそう思ってるんだよ。
 嬉しいんだよ」





「嬉しいんだ」






























「塔矢」