08-04







あれからどれくらいの時間がたったのだろうか。

社に「進藤!」と目の前で大きな声で名前を呼ばれて、漸く遠くに飛んでいた意識を取り戻した。
ふと顔を上げると、社が心配そうな顔をして立っていた。

「どないしたんや。
 さっきから呼んでるのに」
「……あ、ごめん…」
「顔色、メチャ悪いで。気分悪いんか?」

社は心配そうな顔をして、ロビーの長イスに座るオレの顔を覗き込んできた。
……オレ、いつの間にロビーに戻ってきていたのだろう。
いつどうやって休憩室を出たのか、まるで覚えていなかった。
時計を見ると4時半近くになっていた。
一柳先生と別れてから30分くらいしか経ってない。


でも、随分と長い時間が経ってしまったかのように思えた。
それに比例してか、妙に身体が重く感じる。立ち上がるのも、声を出すのも億劫だった。
そんなオレの様子に社はますます心配を募らせたのか、オレの隣に座ると、再びオレの顔を覗き込んで小さな声で言った。

「……病院、行くか?」

オレは黙ってゆっくりと首を横に振る。
社は溜息をつくと、オレの肩を優しくポン、と叩いた。

「なら、お前んち帰ろう。
 いつまでもココにこうしておっても仕方ないやろ。
 タクシー呼ぶか?」

社の優しい声にオレはコクンと頷くと、社はヨッシャと言って立ち上がって、ふと動きを止めた。




「そや、気分悪いんなら塔矢に迎えにでも来てもらうか?」
















塔矢に。


















「ダメ!!」








オレの飛びかけていた意識が一気に覚醒する。
オレは目の前の社に座ったまま大声で叫んだ。
普通に叫んだつもりだったのに、その声は自分でもわかるくらいに情けなく震えていた。
そのせいなのか、足もガタガタと震えていて、立ち上がることなんて到底出来なかった。

社はそんなオレの様子を見て、目を丸くして、今度はオレの目の前の床に膝をつくようにしてしゃがみ込んだ。
叫んだ後俯いていたオレの顔を、下から覗き込むように見つめる。
カタカタと情けなく震えるオレの手を、社は上から優しく握り込んだ。


「……なんや、どないしたんや。塔矢と何かあったか」
「……」
「またケンカでもしたんか」
「……してない」
「そら、そーやな。お前、朝オレと会うた時元気やったし。
 なら、オレと離れている間何かあったんか」
「……」
「ホラ、早よ言わんと、塔矢に電話するで」

そう言って社はケータイをオレに見せた。


「……電話したって、塔矢は今は出ないよ」
「何でや。仕事中か」
「……」
「何や」
「……………見……合いが」
「は?」


社は眉をひそめてさらにオレの顔を覗き込んだ。
オレは震える声をなんとか押しとどめて、無理矢理明るい声を絞り出して言った。


「塔矢ね、今日お見合いしてるんだって。
 さっき一柳先生から聞いた」
「…見合い? 塔矢が?」
「塔矢、そんなことオレに一言も言わなかった。
 今日だって『急な仕事が入った』って」
「……」
「あの、顔に出やすい塔矢がさ。
 オレに何も言わないで、嘘ついて」
「……」
「塔矢が」

オレが俯いて塔矢の名を呼ぶと、社はフーっと深い溜息をついた。
そして、優しく握っていたオレの手を、少しだけ力を入れて再び握り直す。

「あのな、進藤。冷静に考えろや。
 あの塔矢がお前に黙って見合いって。
 そんなワケあらへんやろ」
「……」
「どーせそんな見合いなんて、ただの義理に決まっとるやろ。
 お前に言う程のこっちゃない、そう思ったんちゃうか。
 そんな心配せえへんでも、ケロっと帰って来るって」
「社」
「だから、ホラ。
 帰ろうって。な?」
「社、違うの」
「……は?」

「違うんだよ」




今度は、オレは声の震えを止めることが出来なかった。
自分では明るい声を出しているつもりなのに、自然と声が崩れてゆく。

それと共に、オレの目から涙が零れ落ちた。


「進藤、どう……」
「オレ、ホントは喜ばなくちゃいけないんだよ。
 オレ、ずっと待ってたんだ。
 いつか『塔矢を抱きしめてくれるような人が現れてくれたら』って。
 オレずっと待ってたんだよ。
 もしかして、今日お見合いしている人が、そうなる人かもしれなくって。
 塔矢、多分今までそういう話断って来てたんだよ。
 でも今日はお見合いしてるんだ。
 断れなかったにしても、何か、塔矢も感じるところがあったのかもしれない。
 だからオレは、それを喜ばなくちゃいけないんだ」
「進藤、何で……」
「社、社はわかるでしょ? 知ってるでしょ?
 だって、オレと塔矢はいつまでも一緒にはいられないんだよ。
 だから、塔矢にそういう人が現れてくれたら、ってずっと祈ってたんだよ」
「……」
「今日お見合いしている人は、もしかしたらそういう人になるかもしれないんだ。
 だからオレは喜ばなくちゃいけないんだよ。
 でも」
「……」
「でも」

オレは、大粒の涙を零しながら、深く息を吸う。
涙が邪魔をして、息を吸うとまるで子供がしゃくり上げているような情けない音が出た。

オレの膝の上にある社とオレの手は、オレの零した水滴だらけになっていた。
それでも社は手をどかそうとせずに、黙ったままオレの手を握ってジッとオレの様子を見ていた。




「でも、オレ、全然喜べないんだよ。
 全然喜べないんだ。
 さっきから、オレに嘘をついた塔矢への怒りばかりが浮かんでくるんだ。
 オレ、酷いよね。
 オレ、塔矢に嘘つきまくってるのにさ、自分のこと棚に上げて。
 酷いよね。
 オレ……」

「進藤」

「………オレ………」

「進藤」


社は、再び力強くオレの手を握った。
そのはずみに、社の手の上にあった水滴がオレの膝の上や床の上にポタポタと流れ落ちた。

オレは、社の声とその手の力に弾かれるようにして、涙でグシャグシャの顔を上げた。




「社、どうしよう」



「………」



「オレ、喜べないよ。どうしよう」




「……進藤」





「どうしよう」





「………」


















「どうしよう」