09-2.7







今年の対局の組み合わせは、まず2日目に韓国×中国、そして韓国×日本。
そして明日の3日目が中国×日本だった。
つまり、韓国チームは初日で試合を終えてしまうことになる。

それはますますオレにとって好都合な材料となった。








そして北斗杯2日目の朝──。
オレは秀英の怒号で目を覚ますことになる。









「……なんだ秀英……朝っぱらから…。まだ試合まで時間あるだろ……」
「……永夏…昨日、レセプションの後のパーティー……
 姿が見えなかったけどどこに行ってたの…?」


まだ朝の7時だというのに、秀英はすっかりスーツに着替えてオレの部屋に来ていた。
そしてまだ脳みそが半分寝たままのオレの前に立って、ワナワナと震えている。
まったく、コイツ朝からこんなに興奮して、高血圧なんじゃないのか。まだ若いのに。

「……ああ…昨日のことか……」
「どこ行ってたんだよ!!! 北斗杯の大会役員の人たちに会いに行ってたんじゃないのか!?」
「なんだ、知ってるんじゃないか」
「や………やっぱり……」

そう言うと、秀英はますますワナワナと震え始めた。
お、去年の夏以来だな。秀英のあの言葉を聞くのは。
日本に来てまで聞くことになるとは思っていなかったが。


「永夏の……バカーッッッ!!!!!」


「お、おい秀英!」
「落ち着くんだ!!」

秀英の怒鳴り声に驚いた趙とマネージャーの金さんが、後ろから必死になって秀英を止めた。
別にそんなになっておさえなくても、秀英の『バカーッ』には慣れっこなんだがな。

「……漸く目が覚めたよ。おはよう秀英」
「おはようじゃないッ!!」
「まったく、何がそんなに気に入らないんだ。
 この北斗杯を少しでも盛り上げようと、オレなりに提案をしてやっただけじゃないか」

オレがはだけていたバスローブを直しながらそう言うと、側で聞いていた趙と金さんが顔を見合わせて「提案?」と聞いてきた。
そんな二人を余所に、秀英はブルブルと震えている。
……なるほど、秀英だけはどこからか聞いてきたらしいな。

「『エキシビジョン』をやらないか、って言ったんだ」
「エキシビジョン!?」
「大会が終わった、最終日はいつも時間が空くだろう?
 その時に『特別試合』をやろう、ってことさ」
「特別試合……」

ポカンと口を開けたまま、趙と金さんはオレを見つめていた。
窓の側にいって、カーテンを開ける。眩しい朝日が差し込んでくる。
ああ、今日もいい天気だな。

「日本、中国、そして韓国。
 この三国の若手が、こうして集まって試合をすることなんてほとんどないだろう?
 なのに、対局数は決められた数しか出来ない。
 せっかく対局したい相手がいても、することが出来ない。
 もったいないと思わないか?」
「……なるほど」
「永夏……お前がそんな建設的な意見をするだなんて…オレは感動したぞ」
「オレもいつまでも子供じゃありませんよ、金さん。
 何てたって『団長』ですから」

オレがそう金さんに言うと、その側でまだワナワナと震えている秀英が目に入った。
なんだ、お前もしつこいな秀英。

「なっ……なにが……」
「どうした、秀英」
「んなぁにが『団長ですから』だーっっっ!!!!」

秀英は再び怒鳴り声を上げてオレを睨みつけた。
オレには何故秀英が怒り狂っているのかわかっている。
だからわざと知らん顔をして、窓の外を見た。

「ど、どうした秀英。何故そんなに怒ってるんだ?」
「みんな知らないんですか!? 永夏が何て提案したか!!」
「……え?」
「確かに! 本戦で対局出来ない者同士にエキシビジョンマッチを行おうって永夏は言いましたよ!
 でも、それは選手に限っての話じゃないんですよ!!
 『団長』も対象に入ってるんですよ!!」
「な、なに!?」
「それで、その対局者は各団長の推薦で決まるんです!!
 永夏はすでに中国の楊海さんと日本の倉田さんと握りあって……
 自分と進藤をエキシビジョンマッチの対局者に推薦したんですよ!!」
「なんだって!?」

秀英はそこまで言い切ると、ゼエゼエと息を吐いた。
金さんはあまりの展開についていけないのか、オロオロと取り乱している。
オレは秀英の怒鳴り声でキンキンとした耳の穴をポリポリと掻くと、ニヤリと笑って秀英を見た。

「よく知ってるな、秀英。そんな『取引』の話まで、どこで聞いてきたんだ」
「さっき、ホテルの朝食バイキングに行った時に倉田さんと一緒になって…
 それで全部聞いてきたんだよっ!!」
「ああ…あの人か。お喋りだな」
「何勝手なことしてるんだよ永夏!! 何が『建設的な意見』だよ!?
 ただ自分が進藤と対局したいだけじゃないかぁっ!!!!」

再び秀英はゼエゼエと肩で息をする。
オレはそんな秀英を余所に、湧かしたお湯でコーヒーを入れた。

「だから何だ? 秀英」
「え…」
「別にオレは悪いことをした訳じゃないぞ。現に大会委員は大歓迎だったしな。
 今回は『たまたま』オレだったが、次回からは他の人間にも機会がいくかもしれない。
 その事例を作ってやろうというんだ。感謝してもらいたいくらいだな」
「……〜〜〜〜!」
「ま、気がかりなのはそのお喋りの倉田さんが、進藤を推薦してこなかったことくらいだが…。
 でも楊海さんはオレと進藤を推薦した。2対1で決まった。
 文句ないだろ?」

オレがコーヒーを飲みながら笑顔でそう言うと、秀英は脱力してしまったかのようにフーッと大きく溜息をついた。
そして肩をガックリと落としてソファーに腰を下ろした。

「……永夏のその執念にはお見それするよ…」
「当たり前だ。こんな北斗杯の団長だなんて面倒な仕事をやってるんだ。
 これくらいの見返りはあってもいいだろう」
「永夏……お前、全然成長してないじゃないか……」
「金さん、永夏はきっと一生この調子ですよ…」

秀英が溜息をつきながらそう言うと、オレは思わず腹の底から笑いが込み上げてきた。
そしてそのまま大笑いをしてしまった。
そんなオレの様子を見て、趙と金さんは驚いていたが、秀英は何も言わずに再び大きな溜息をついた。

「まあそんなにガッカリするな、秀英。絶対に楽しませてやるから」
「…永夏がそう言うと……ホントに凄い対局見せてもらえる気がしてきたよ…」
「当たり前だ。オレとヒカルだぞ」
「…ところで永夏、進藤はそれ知ってるの?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……秀英、ヒカルのヤツ背は伸びてなかったが綺麗になったと思わないか? この1年で」
「そっ、そんなこと聞いてないよ!」
「お前、昨日見とれていたじゃないか。やっぱりまだ完全には吹っ切れてなかったんだな」
「うるさいよ! だからそんなこと聞いてないってば!
 進藤は永夏と対局すること知ってるかって聞いてるの!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………まあ、何とかなるだろう」
「何だよ、それ!!」
「お前たち、もういい加減に支度しろ! オレたち韓国チームは今日2試合あるんだからな!」


金さんの怒鳴り声で再び秀英は大きく息をつき、オレは大きな声でゲラゲラと笑った。

以前のオレなら、こんな風にチームメイトと話すことなんてなかったな。
こんな風に朝から大笑いすることもなかった。おかしいな、オレ低血圧だったのに。




なあ、秀英。

たった一人、人を好きになっただけで、こんなにも世界は変わるんだな。

オレは知らなかったよ。




こんなにも世界が楽しかったなんて。





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大会2日目の対局は、前回のようなトラブルもなく順調に進んだ。
初戦でいきなり日本チームとの対局になった。


大将は4年連続変わらず塔矢。
副将・進藤、三将・社の並びも変わらなかった。

大将である秀英は結局ヒカルとの対局は叶わなかった。
だが相手は日本NO.1の塔矢だ。
力強さや勝負勘は、ヒカルよりも塔矢の方が上だ。
油断するなよ、秀英。



だが結局──秀英の善戦も虚しく、塔矢アキラに6目半差で敗れてしまった。
塔矢アキラの圧勝だった。
そして副将のヒカル×趙の戦いも、当然趙では相手になるはずもなく、早碁の展開でヒカルの中押し勝ちとなった。
三将の社×崔は、接戦だったが土壇場で社のミスが響き、崔がなんとか勝利を収めた。

だが、日本に1勝2敗。4年目にして初めて日本に敗れてしまった。
帰国したら棋院のジジイ共が五月蠅そうだな。
このまま2敗はさすがにマズイ。次の中国戦で確実に勝利を収めておくか。

そのオレの狙い通り、次の中国戦では崔が敗れたものの秀英と趙が勝利を収め、総合成績1勝1敗となってオレ達韓国チームの北斗杯は終わった。


その日の晩の立食パーティーで、秀英は今朝のオレへの怒鳴り声でガラガラになってしまった声をヒカルに指摘され、「進藤のせいで永夏とケンカをしたんだよ」とムスッとしながら答えていたっけ。
それを聞いたヒカルは「何でオレのせいなんだよー!?」と目を白黒とさせてギャーギャーと怒っていた。
そのすぐ後ろでは、塔矢アキラが進藤の様子をジッと見つめていた。



塔矢アキラ──か。

今、お前はヒカルの最も近い場所にいるのは自分だと思っているだろう。
だがそれはお前の思い違いだ。

ヒカルの側には、オレもお前もいない。
いるのは本因坊秀策だけだ。


だからヒカルは、探しているんだ。
本因坊秀策を超える一手を打てる者を。



──ヒカル自身の『目的』のために。







そして明日、オレはヒカルと対局する。




















マネージャーの金さんもムキになって「日本戦での屈辱を晴らしてくれ!」と妙に意気込んでいた。
オレにとっては、そんなこともすべてどうでもいいのだ。






明日だ。

明日、オレの『目的』は果たされる。





悪いな、塔矢アキラ。オレの勝ちだ。

オレがヒカルをもらう。









































なあ、ヒカル。


もしもオレの『目的』が果たされたら──











今度は、『オレ自身』を見つめてくれるよな。

『高永夏』を好きになってくれるよな。

























なあ、ヒカル。