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09-5
永夏との対局を終えたオレは、秀英の叔父さんの家のベランダへと出ていた。
屋根もついているその大きなベランダは、ずいぶんと遠くの方まで景色が見える。
秀英の叔父さんの家がちょっと高台にあるせいかな。
もしかしてオレと塔矢の家も見えるかもしれない。
オレと塔矢の。
スッキリとしていて冷たい冬の空気をスウと肺一杯に吸い込む。
まだ朝のせいか、その酷く冷たい空気はとても新鮮に感じた。
ビリビリと肺が痺れて、そこから全身に空気が流れ込んでいく。
まるで、その空気によってオレの身体の中に堪った汚いものが洗われていくかのように、とても気持ちがよかった。
──気持ちいい。
こんなに清々しくて、気持ちのいい気分は本当に久しぶりな気がする。
吐く息が白い。
寒さで手が痺れていく。
でも、それも酷く気持ちがいい。
そうか。
きっと、こんなに気持ちいいのは「朝だから」という理由だけじゃない。
それはきっと。
オレがそんなことを考えながら遠くの景色を見つめていると、ビルとビルの谷間からうっすらと明るい光が漏れ始めた。
その光は、瞬く間に冬の空を赤く染め、街を光で包み込んだ。
「あ……」
思わず声が零れる。
朝日だ。
オレは、オレと塔矢が住んでいる街が朝日に包まれていく様子をジッと見つめていた。
──綺麗だ。
オレは出来る限り瞬きもせず、朝日が昇っていく様子を見つめていた。
自分の目に焼き付けておこうと思ったのだ。
もう、見ることはないかもしれないから。
カタン、と背後で音がする。
その音にオレは我に返り、振り返るとそこには永夏と秀英が立っていた。
二人はそのまま歩みを進め、オレを挟むようにしてオレの両隣に立つ。
そしてオレと同じように遠く前を見つめ、天に向かって昇っていく朝日を見つめていた。
オレも再び視線を朝の光へと戻し、見つめ続ける。
ああ、本当に綺麗だ。
そのオレの、今までにないくらいに素直な気持ちは、スルリとオレの口から零れていった。
オレをこんなに清々しい気持ちにしてくれた──本当のオレの気持ちを受け止めてくれた二人へと。
「……──綺麗」
「………」
「オレ、いっつもこんな朝早く起きないからさ。
初めてみたな……こんな景色」
「………」
「本当に綺麗」
永夏も秀英も返事はしなかった。
ずっと、その綺麗な光を見つめ続けていた。
ああ。
お前、前に言ったよな。
世界はなんて美しいんでしょう、って。
毎日こうして昇る朝日も。
絶えず流れ続けている水も。
咲いては散っていく花も。
降っては流れて消えていく雨も。
積もってとけてゆく雪も。
生まれて、死んでゆく人も。
『なんて美しいんでしょうね、世界は』
『……ハァ? よくわかんねーよ』
『フフ、ヒカルもきっといつかわかる日が来ますよ』
『……なあ、なんでお前はその、世界が美しいって思うワケ?
汚ねぇモンだって一杯あるじゃん』
『確かに汚いものもありますけど……それだって、最初から汚い訳ではないんですよ。
きっと、生きていくうちに少しだけ汚れてしまっただけ。
その汚れを洗い流せば、皆綺麗なんです』
『……ふーん』
『この世に生まれるものはすべて綺麗なんですよ。
皆、生まれて……そしていつかは死んでゆく。消えてゆく』
『始まりがあれば、終わりがある。
いつかは必ず終わりがやってくる。だからこそ始まりもやってくる。
朝日が毎日昇るように。
だからこそ、世界は愛おしく、そして美しいんですよ』
始まりがあれば、終わりがある。
いつかは必ず終わりがやってくる。だからこそ始まりもやってくるんだ。
それは、朝日が毎日昇るように。
それから新しい一日が始まるように。
オレも。
始まりがあれば、終わりがある。
でもきっといつか、また始まる日がやってくるんだ。
「本当に、綺麗。──……綺麗だな」
「………」
「ここから──この朝日から、今日という一日が始まるんだな」
「………」
「ここから、全てが──」
ここから、全てが──
オレは目を閉じて、もう一度深くその綺麗な世界の空気を胸一杯に吸い込んだ。
目を閉じて──瞼の裏に浮かぶのは、遠い日のあの優しい笑顔。
そしてオレの好きな、アイツの──塔矢の笑顔──
オレは目を開けると、クルリと朝日に背を向けて右隣にいる秀英に向かって声をかけた。
「秀英ごめんな、迷惑かけて。オレ、帰るよ」
「え……」
「ありがとう。お前に会えてよかった。
本当にありがとう」
「進……」
次にオレは反対側へと振り向き、黙ったまま前を見据えている永夏に話しかけた。
「永夏も……ありがとう」
永夏は何も言わず、黙ったまま遠く朝日を見つめていた。
永夏。ありがとう。
オレの方を見ようとしない永夏に、オレは精一杯笑いかけると、そのままそのベランダを後にした。
永夏、ありがとう。
さよなら。
オレは振り返らずに、そのまま部屋を後にする。
秀英が慌てて「送っていくよ!」と言いながら追いかけてきた。
秀英、ありがとう。
──オレたちの去った後の部屋で。
永夏は変わらずにジッと昇っていく朝日を見つめ続けていた。
綺麗な綺麗な朝日を。
一日の始まる、綺麗な光を。
全てが始まる、この光を──
そして静かに目を閉じる。
その瞼の裏に何かを浮かべて──
「ここから全てが始まる……か」
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