オレは今でも、あの日のことを酷く後悔するのだ。














Seasons


─Spring─ act.07
















花見の後に和谷の家に泊まって、朝起きたら進藤が頭から流血していて大騒ぎをして。
そしてテレビの中で塔矢の姿を見て自分達と塔矢の距離感を感じてヘコんで。

そして進藤の恋が終わる音を聞いて。


それでも基本的には囲碁を打つことしか脳がないオレ達は、そのまま和谷の家でコンビニ弁当や出前のピザなんかを食いながら夕方頃まで打ち続けた。
そして日が暮れ始める5時近くになって、オレはそういえば明日は日曜でオレは指導碁の仕事が入っていてココは東京で、家に帰らなければならないことを思い出した。
オレが慌てるようにして荷物をまとめ、和谷にお礼を言って「帰る」と言うと、ずっとオレの隣にいた進藤も慌てて立ち上がって「送ってく!」と言った。
別にいいよ、と言おうと思ったけど──何だか進藤の目がいつもと少し違っているような気がして。
オレが何も言わないでいると、進藤はそのまま黙ってオレの後をついて和谷の家を出た。

和谷の家から東京駅までは約40分。
その道すがらオレと進藤は特に何を話すこともなく、ただ黙って二人で電車に乗り、歩き続けた。






ああ、嫌だな。
帰りたくない。






このままコイツを残して、大阪になんて帰りたくない。







東京に引っ越してきてしまおうか。
でもそんなワケにはいかない。オレは関西棋院の所属だし、何よりも学校がある。
親が許すはずがないし、親に約束をした手前キッチリと学校は卒業したい。

それなら今、オレの隣を歩くコイツの華奢な手を掴んで、大阪までさらってきてしまおうか。
そして、二人で──……

……ってアホか。
そんなこと、ますます許されるはずがない。
オレもお前もまだ16歳。働いてはいるけど、社会的に認められる年齢ではないのだ。

つーか何オレ、そんな乙女チックなこと考えてんの。
「さらう」とかあり得ないし。

いよいよもってヤバイか、オレも。




ハァッとオレが深い溜息をつくと、隣を歩いていた進藤が「なに?」と言って見上げてきた。


「どうしたの?」
「や、帰るの億劫やなと思って」
「アハハ、そうだね。大阪って微妙に遠いし」


微妙に遠い、か。
近いようで遠い、微妙な距離感。

まるでそれがオレと進藤の距離感のようで、なんだか少し鬱陶しかった。





++++++




新幹線の発車するホームへと上がって弁当を買う。
オレは改札のところでもういいよと進藤に言ったのだが、進藤は「せっかくここまで来たんだし」と言って入場券を買って、ホームの上までついてきてくれた。

……嬉しいような、悲しいような。
あんまりそう素直に傍にいられると、離れがたくなってしまうじゃないか。
そんなこと、コイツは気付きもしないだろうけど。

そう思いながらホームに立っていると、4月の暖かい風がサアッと吹いて、オレの横に立つ進藤の軽い髪を揺らした。
長い前髪がフワリと上に上がって、その下には大きな白いガーゼと僅かについた血の跡。


「大丈夫か?」
「え?」
「その、デコの傷」
「あ…ああ、ハハ。平気だよ。ちょっとみっともないけどな」


白いガーゼを見つめながらオレがそう言うと、進藤は慌てて風に吹かれた前髪を直して傷を隠した。
そしてオレを見上げて気まずそうに笑う。
オレが「病院行っとけよ」と言うと、笑いながら「うん」と頷いた。

そして。


「進藤」
「え?」
「そのリストバンドの──……」


と、オレが口を開きかけた時。
パアッと大きな音を立てて新幹線がホームに滑り込んでくる。
その大きな音のせいでオレの声はすっかりかき消されてしまい、進藤の耳に届くことはなかった。
新幹線が大きな音を立てて止まり、ガアッとドアを開いた後に、進藤が「何? 何か言いかけてなかった?」とオレに向かって首を傾げる。

言おうか、言うまいか。
……でも昨日から何度も言いかけて失敗している。
コレはもう、今日のトコロは言うなという神様の啓示か何かかもしれない。

オレは進藤の頭をポンポンと叩き「や、何でもあらへん」と言って笑うと、そのまま新幹線へと乗り込んだ。

オレは新幹線の扉のすぐ傍に立ち、進藤はホームに立って笑顔でオレを見上げる。
オレが「次に会うのは北斗杯前の合宿か」と言うと進藤はニコッとして「そうだね」と言って笑った。


「頑張ろうな、北斗杯」
「もちろんや。今度はオレもお前も2勝0敗、日本の優勝や」
「アハハハ」


そうして進藤とひとしきり笑い合った後、ホームにある時計を見た。
発車まであと2,3分というところだろうか。
ふとまた進藤へと目線を移した時、再び春の柔らかい風がオレ達の間をフワリと通り抜けた。
進藤の前髪はまたフワリと上がり、そのままオレを見つめて笑顔で口を開く。


「あのさ、社」
「うん?」
「オレさあ、北斗杯が終わったら、一人暮らししようと思うんだ」


そっか、一人暮らしか。







…………。
……………………。








「……はぁっ!?」
「だからさ、今度から社、東京に来た時、オレの部屋泊まっていいよ。
 そうしたら、オレのお母さんとかに気を遣わなくてもいいし」
「んな……」


……なんでそんな大事なことを、発車1分前になってから言うんだこのガキャ!?
オレは突然の進藤の衝撃発言に返す言葉が見つからず、あんぐりと口を開けたまま目の前でニコニコとする進藤を見つめていた。

コイツ、一人暮らしをするというのがどういうことなのか、わかっているのだろうか。
親元を離れて暮らすことがどういうことなのか、とか。
一人暮らしするから泊まりに来いって、お前。








お前はどれだけオレに、残酷なことを言えば気が済むんだよ。









「……一人暮らし、か」
「うん! 泊まりに来てよ」
「そら無理やわ」


予想外のオレの言葉に、進藤は「え?」と言って顔を曇らす。
何の表情も声のトーンも変えずに急にそんなことを言い出したオレに、進藤は不安げな瞳になって「なんで?」と尋ねた。
なんでって、お前。


「そないなことしたら、オレお前のこと襲ってしまうかもわからん」
「え?」


オレの言葉を聞いて進藤が再び首を傾げた時、プルルッと発車ベルの大きな音がホーム中に響き渡った。
オレと進藤の間に響き渡ったその大きなベルの音は、新幹線だけでなく、オレの中の何かを突き動かすには充分な大きさの音だった。

だって、オレは。

















































「オレは、お前が好きやから」


































































ピィッと高い音で響く笛の音。
プシュッと大きな音を立てて新幹線のドアは閉じられて、オレと進藤の間は遮られてしまった。
そしてゴトンゴトンと大きな音を立てながら新幹線はゆっくりと東京駅のホームを滑り、お前からオレを離してゆく。
ドアの窓越しにオレは暫くの間ホームに一人取り残された進藤を見ていたけれど──進藤は大きく目を見開いたままキョトンとした顔で、オレの乗った新幹線を見つめ続けていた。
そうして新幹線はあっという間に東京駅を離れ、次の停車駅に向けて走ってゆく。

オレはフウと息をつくと、ドアの傍から離れて座席の方へと向かおうとしたのだけれど──その時なって漸く、自分の足が震えて動かないことに気が付いたのだ。
前へ動かすどころか自分の体重さえ支えきれなくなったオレの情けない足は、ふにゃりと力無く崩れてその場に座り込んでしまう。
慌てて体勢を直そうとするけど、よく見ると手さえもガタガタと震えていて、とてもじゃないが暫くの間このドアの前から動けそうもなかった。


ああ、次の品川駅なんてすぐに着いてしまうのに。
早く立たなくちゃ。
でも情けないことに、全く力が入りそうもないんだ。


そういえば、告った時の声も震えていたような気がする。
全身ガクガク震えた男からの告白? 情けねー。つーかキモイだろ。




















言うつもりなんてなかった。

こんなことを言っても、ただお前が困るだけだとわかっていたのに。












なのにお前があんまりにも悲しい瞳で、残酷なことばかりを言うから、
オレは。













オレは。

























































進藤、好きだなんて言ってごめんな。

















「……何やっとんのや……オレは」













そのまま結局オレは、次の品川駅までドアの傍に座り込んで動くことが出来なかった。
品川駅についてドアが開き、いきなり座り込んでいるオレに客や駅員がビックリして「大丈夫ですか!?」「気持ち悪いんですか!?」などと、ちょっとした騒ぎなってしまった。
こんなに自分が情けないヤツだなんて思っていなかったオレは、新大阪に着くまで座席でひたすら反省会を繰り返し、買った弁当を食うのも忘れてしまっていた。
ホンマ、情けない。




進藤は、というと。

オレから突然の告白を受けた後、暫くの間ホームに立ち尽くしていた。
そして自分の恋が壊れた時にも出なかった涙が、音も立てずにスーッと頬を伝って流れていって、漸く我に返って自分が何を言われたのか気付いたらしい。

……と、随分後になってから進藤はオレに教えてくれた。




























4月──季節は春。


桜が散るのと同時に、オレ達の新しい物語は動き始めた。
それは本当に緩やかに、ゆっくりと動き始めたかのように見えていた。

様々な人の、様々な感情を乗せた『恋』が、ゆっくりと回り始めたんだ。



希望、諦め、喜び、絶望、嫉妬、憎しみ────
様々な感情を生み出しながら、ゆっくりと回る。


桜の花びらが散るように、ゆっくりと、ゆっくりと。





















──だが物語はある日突然、大きく動き出すことになる。








































北斗杯前日、進藤が姿を消すことによって。
































































オレはこの日のことを思い出す度に、胸が痛んで酷い後悔に襲われる。



今でも、ずっと。














































なあ。
















あの日の雨は、今もまだお前を濡らしているのかな。



進藤。








to be cotinued